The Jaunt


瞬間移動(Jaunt) に関するSF的説明はきわめて不十分で、 正統派SFにはなりえない作品でしょう。

ただ、「物質はディジタイズ可能だが、意識は分割不可能である」 というアイディアが個人的に非常に気に入りました。 あらゆる情報がコンピュータに取り込まれ、 様々なことがらがシミュレート可能になろうとしている現代ですが、 無限のアナログ情報を有限のディジタル情報として コンピュータに取り込む際に、 分解能以下の情報はふるい落されているわけです。

ふるい落された情報 (量子化誤差) が無視できるという根拠は、 部分部分はその大きさに応じた影響を与える (線形性) という性質を 仮定しています。 しかし、現実の現象は非線形であり、ごくわずかの差が長い時間のうちに 巨大な影響を引き起こすことが往々にしてある、ということが最近は 盛んに研究されるようになってきました。

もちろん実際のシミュレーションでは誤差の影響もきちんと評価するわけですが、 人間の意識といった極めて複雑な非線形系で誤差の影響を評価しきれるのか。 この作品はそのような危惧を最も極端な形で提示してくれます。

物質をディジタイズして転送する。デジタル情報の転送は一瞬だが、 分割不可能である意識はその間に極めて長い主観的時間を経験する、 という設定はありえなくはないと思わせます。 そして、外からの情報が遮断され、 自らの意識のみで永遠に続くかと思える時間を過ごさねばならないとき、 その意識に何が起こるか。普段蓋をしていた心の深淵からモンスターが 立ち現れ、自らの意識を崩壊させてゆく... このへんはいかにもキングらしい 展開です。

物質的にはちゃんと転送されているはずなのになんで白髪になるの? とか、逐次的に転送されるなら、脳味噌の半分だけ向こうに転送された 状態ではどうなっているの? とか、突っ込めばいくらでも突っ込めますが、 この設定だけで十分に面白い作品だと思います。 (逆に設定が全てなので、この面白さを読んでない人にネタバレ無しで 説明できないのが悔しいのですが)


[Novels] [Addicted to Stephen King] [A Slice of My Life]
Shiro Kawai
shiro@lava.net