The Green Mile

"Sometimes there is absolutely no difference at all between salvation and damnation"

人生に救いはあるか


私はミステリーで犯人を当てるのは不得意な方だ。 作者の用意したトラップに見事にひっかかって、どんでん返し のところではおそらく作者の意図した通り驚愕する。

The Green Mileシリーズは5巻まで、多少の起伏はあるものの、 主人公Paulの老人風の語り口も相まって、どちらかというと スローテンポで進む。 勘の良い人なら6巻におけるあの鮮やかな展開を予想できたのであろうか。 私は何の準備もないまま、いいように翻弄されてしまった。

人間・動物の中の「悪いもの」を吸いだしたり生命を吹き込む 能力を持ちながら、社会に適応できる知能を持たず、結果的に 幼女レイプ殺人の罪を着せられてしまうJohn Coffey。 Paulは彼の能力を知り、Halの妻Melindaの脳腫瘍を治療させる。が、 彼が無実であることを知りながら死刑執行を止められる見込みはほぼ無い。

JohnはMelindaの腫瘍を「吸い出し」た後、いつものようにそれを 外に出すことをせず、自らの中に飲み込む。とても苦しそうである。 彼は死刑執行を避けられぬことを悟り、むしろ自ら病原を抱え込んで 死ぬつもりなのだろうか...

と思っていたらなんと、Johnは一瞬の隙をついて、その病苦を看守の ガンであるPercyに吹き込み彼を狂わせ、幼女殺人の真犯人であった Billを射殺させるという行為に追い込む。

結果的に悪者は成敗されたわけであるが、その間、Paulはまったく 手出しできない、蚊帳の外である。危険を侵してJohnをこっそり連れ出す 算段を立て実行したのはPaulとその仲間であるが、それさえもまるで 運命の手のひらの上であらかじめ与えられた役割を必死に演じていた だけにすぎないように思えてくる。そしてなにより、Paul達は それだけのことを為したJohnに対して自らの手で死刑を執行するのである。

人間は運命の前に全く無力である。だがJohnは彼なりに全てを わかっていた。人の痛みを直接感じる能力をもってしまった彼にとって、 生き続けることよりも死ぬことのほうが救いだったのだ。JohnはPaulに 感謝し、彼の生命エネルギー? をPaulに注入する。

Paulはそのおかげで通常の人よりずっと年老いるのが遅く、健康を 損なうこともなく老年期を迎える。Paulの実年齢を聞いて驚いたのは Elaineだけではない。ほとんど全ての秘密が明らかになった後、 老男女は寄り添いながら美しい夕焼けを眺める。"It" のエンディングにも 似た静かで美しいエンディングである。

だが、Paulは全てを語ったわけではなかった。最終章。 Paulと彼の最愛の妻Janiceは40年前、恐ろしい事故に逢う。PaulはJohnから与えられた 生命力のおかげで奇跡的にほとんど怪我もせずに助かるが、Janiceは 事故現場にて、彼の腕の中で絶命する。 Johnは死刑になる前、HalとMelindaを別離の運命から救った。が、20数年後、 結果的にPaulとJaniceを引き裂くことになるのである。

"You saved Hal's wife, why not my Janice?" というPaulの叫びは全く 理不尽である。すでにJohnはこの世にいない。だが、そうとわかっていても 叫ばずにはいられないのである。 Johnは死ぬことを強いられた。しかし、Paulは生きることを強いられたのである。 愛するものが次々と天に召されるのを目撃しながら、生き続けなければ ならないのである。すでにこの世にはいない多くの人間を 思い返しながら、いつまで続くと知れぬ眠れぬ夜を過ごさねばならないのである。 "but sometimes, oh God, the Green Mile is so long" という結びの言葉は 恐ろしく孤独で、悲しい。

では、この物語は絶望の物語だったのだろうか。生きることも死ぬことも 辛いという物語だったのだろうか。不思議と、私にはそうは思えないのである。 最終章で胸を締めつけられるような悲しみに襲われるにもかかわらず、 読後に絶望感はない。(絶望感という点では "Pet Sematary" の方が強い くらいである。) 例えばPaulとMerindaの、あるいはElaineとの心の結び付きはとても美しいし、 Paulのチーム内の友情も暖かい。彼らは自らが脱獄幇助の犯罪者となる 危険を犯してまで Melinda を病魔から救い、二人の悲しみを喜びに変えた。 生きなければ、それらを経験することもできなかったはず。 この作品には、何か超越した存在 (運命でも、神でもいいが) が、人間の哀しみも 喜びも全部ひっくるめて受け止めてくれる、という視線を感じるのだ。

"The Dead Zone" で、Johnny は自らを破滅させる行動を取りながら、 "We all do what we can do, and it has to be enough" と言い残して 元恋人も彼自身も許す。同じように、"The Green Mile" の底流を流れるのは 「許し」である。赤ん坊が泣いても笑っても母親が優しく抱いていてくれる のと同じように、人間の全ての営みを見守る大きな視線をこの作品から 私は感じるのだ。


[Novels] [Addicted to Stephen King] [A Slice of My Life]
Shiro Kawai
shiro@lava.net