神の壮大な実験

Thinking in Pictures : and other reports from my life with autism
Temple Grandin, Vintage Books, 1995.
ISBN0-679-77289-8


我々は、見聞きし感じ経験したものから自分なりの世界観を構築しており、 立場や考えが違えば見える世界も違うはず、というのは理屈の上では分かっている。 だがそれが実際にどれほど違うのかについて思いを馳せることはあまり無い。 無論、他人の見方というのを本当に知ることなぞ不可能だ。 だが、他人の認識の方法を少しでもかいま見ることが出来たとしたら、 その余りの違いに、あたかも信じられない程高い崖の上から景色を見回すような、 眩暈にも似た感覚を覚えるのではないだろうか。

Temple Grandin: "Thinking In Pictures : and other reports from my life with autism" を読んで感銘を受けると同時に戦慄を覚えたのは、 そういう感覚だったのかもしれない。

自閉症であり、動物学の博士号を持つ著者が多くの論文を引きながら、 自分の経験に基づいて自らの認識や思考の方法、そして自閉症一般について語る。 その描写が非常に具体的。著者は視覚に関する能力が極めて高く、経験した 景色は全てVCRで再生するように細部まで思い出せるという。 むしろ逆に、抽象的な概念をシンボルとして扱うことが出来ず、 全て具体的な情景に関連づけてからでないと自分の思考とすることができない。 人間関係、他人の感情、社会というもの、そういった抽象概念を理解するのに、 どのように苦労して、どう克服してきたか、という描写は感動的でさえある。

自閉症者が極めて高い視覚処理能力や計算能力を示す例は、映画 "Rainman" でも描かれたし、多くの研究報告もある。 (オリバー・サックスの著書が分かりやすかったんだが邦題を失念)。 そのような極端な例はしかし、「自分とは別世界に住む人間のこと」として ある意味冷静に見ていられる。

だが、Grandinの本が提示する具体例を読み進んで行くと、 そのような認識能力 (自閉症の症状も含めて) が決して「普通の人」から 離れたところにあるのでは無く、連続したスペクトルの片方の端にしか 過ぎないことが次第に明らかになってくるのだ。 眩暈が最高潮に達したのは、 著者の世界認識と自分のそれとのあまりの差異に愕然としながらも、 自分の中に共通項が確かにあることに気づいた時であった。

Grandinは、creativityと自閉症、躁鬱、精神分裂症などの相関 (個体内および遺伝的)について触れ、むしろcreativityとそれらの症状とは 表裏一体なのではないかということを示唆する。 著者自身も自閉症から来る困難を克服した時、 自分の持つ視覚処理能力が専門分野で成功するのに不可欠だったと述べる。 「もう一度人生を繰り返すとしたら、やはり自閉症であることを選ぶだろう。 この能力を失いたくはない」と。

精神疾患。未だ暗い響きを持つ言葉だが、遺伝的な要因によって引き起こされる それはひょっとすると、種としての人類を進化過程で必然的に現れるゆらぎ なのかもしれない。均一化した集団はわずかな外的要因で滅びたり暴走する 可能性が高い。生命進化という壮大な実験の中で、我々の内部には既に 平均からの逸脱 (=狂気) がプログラムされているのだ。

"It's clear that the genetic traits that can cause severe disabilities can also provide the giftedness and genius that has produced some of the world's greatest art and scentific discoveries. There is no black-and-white dividing line between normal and abnormal. I believe there is a reason that disabilities such as autism, severe manic-depression, and schizophrenia remain in our gene pool even though there is much suffering as a result." --- Temple Grandin
(重度の障碍を生じかねないような遺伝子の特徴が同時に、 世界的に最も優れた芸術や科学的発見のいくらかをもたらした天才を 生み出した、ということははっきりしている。 正常と異常の間に、はっきりと白黒つけられるような境界は無い。 自閉症、重度の躁鬱、そして精神分裂症といった障碍が、 結果として多くの苦しみをもたらすものであるにもかかわらず 我々の遺伝子のプールに残っていることには確たる理由があるのだ、 と私は信じている。)


Shiro Kawai
Last modified: Mon Feb 8 04:04:14 HST 1999