1999年1月

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1/29(Fri) A Civil Action

やった〜週末だ。週末ということは、次にプロデューサーに見せるのは月曜ということだ。 なんとなく余裕があるような気になってくるから不思議だ。まあ実際、かなり近いところまで 来ているのだ。

というわけで余裕こいて映画など観に行く。今日のチョイスはJohn Travolta主演の 弁護士もの、"A Civil Action"。 いかに高い示談金を勝ち取るかを第一に考える人身事故専門の弁護士が、 ふとしたことから公害訴訟に足を突っ込み、遂には採算を度外視して真実を求める。 …と要約してしまえばドラマチックな展開のいかにもハリウッド的ヒーローものに 聞こえるのだが、そんな懸念を良い方向に裏切ってくれた映画であった。

この映画を凄くしているのは、最後の15分。 それまでは、良くできてはいるが、これまでの法廷物の名作に比べてしまうと 普通のドラマだなあと思って観ていたのだが、あの結末は良い。実に良い。 ネタバレになってしまうので詳しくは書かないけれど、この映画は法廷ものでは無いし、 ましてや正義のヒーローものでも無いと思う。結果だけ見れば義人として生きる 主人公と、そうでない人々は、共にエゴも打算も持ち合わせた現実的な人間として 描かれている。ただ、主人公はある時点で、どうしても自分の「心の声」を無視することが 出来なかった。言ってしまえばそれだけのことである。彼についていかなかった (いけなかった) 人々が人間的に彼に劣っていたわけではない。それらの人々にだって、いつか 「心の声」が囁く運命の瞬間が来るかもしれない。 英雄的行為は、最初から選ばれたヒーローによってではなく、 誰もが持ち合わせている筈の強さが何かのきっかけである人に出現することによって 為されるのだ。(もちろん、それを成し遂げるためにその人が通らねばならない道は 険しく、そのことは賞賛されてしかるべきだが)。 このような「英雄」の描きかたは、ブレヒトの「ガリレイの生涯」的かな。

John Travoltaという役者は、笑ってても腹にイチモツありそうな 胡散臭さをそこはかとなく漂わせるのが上手いね。それがうまく役にはまったのも プラスポイント。

1/28(Thu)

ここ1〜2週間、ホノルルは、北側の山にかけて雨が降ることが多い。 海側は晴れている。風が強いと、海側ではお天気雨になる。北側の窓に 面している私のオフィスからは、CGで合成したみたいにわざとらしい程鮮やかな 虹がよく見える。

締切り直前。人が徹夜作業している後ろからこうしてああしてと偉そうに指示を飛ばす 人間にはなりたくないと思っていたけど、そうせざるを得ないこともあるんだなあ。 どうしても並列処理できない部分ってあるから。 生活のリズムなんてもはぶっとんでいるので日付、曜日の感覚がおかしい。気が付けば もう木曜か。あんまり寝てなくても、 既に仕様が決まってるコーディングとかドキュメント書きのような、 時間をかければ済む作業はそれなりに進む。 新たなフレームワークを設計すると言った、複雑なことを考えようとすると 思考がぴたりと停止するんだけど、締切直前に求められることではないし。

現在締切に追われているのはクライアント側のプログラムなのだが、平行作業で サーバ側の書き直しも進めている。一応これまでのコードを元に作業を進めたのだが、 実質的にほぼ全面書き換えとなった。これが3度目のメジャーリリースとなる予定。 必要な機能を整理して、コードサイズは却って減少した。 「完成とは、付け加えるものが何も無くなった時ではなく、 取り去るものが何も無くなった時である」と言ったのって誰だったっけ。 願わくばこのリリースが完成に十分近いものであってほしい。 Object Oriented Databaseはもう当分いいや。


1/22の日記に書いた、「虚構と現実」のトピックについてだが、 「ちはるの多次元尺度構成法」、およびそこで引用されている miyuさんのコメント ( MIYU BOARD, 「虚構と現実」) がとてもわかりやすくまとまっている。 私の論は主観的現実と客観的事実とをきちんと区別してないのでわかりづらかったのだな。 miyuさんの「それぞれの現実は、それぞれの物語である」というのがわかりやすい。 その上で「経験に向き合う姿勢こそが人を変える」。全面賛成。

1/25(Mon)

昨日急に思い立って部屋の整理にかかる。普通は年末にやるんだろうが、 ばたばたしてて何もしていなかったのだ。

こっちに来てから、なるべくシンプルな生活を送ろうと思っていたのだけれど、 モノというのは気づかぬうちに溜って行く。ロスから引っ越して来るときに慌てて 詰め込んだ段ボール箱がほとんどそのままになってたりして、そんな1年以上も使わない ものを何故持って来たのか自分でも理解しがたい…というのは後知恵で、 年月が経ってみないと本当に必要なのかどうかはわからないということかも知れない。

「もったいない」という言葉は英語に訳しにくい。たくさん無駄が出た時に "Such a waste" とは言うが、「もったいない」はもっと小さな、ほんのちょっとした ものにまで使うので、ちょっとニュアンスが違うように思う。 何でも捨てずに取っておく人って英米人にも居そうだけどなあ。


Linux備忘録。シリアルポートが足らなくなったので、シリアル接続していた マウスをPS/2ポートに変更。変えるべき箇所は/etc/sysconfig/mouse (MOUSETYPE="ps2") 及び/usr/lib/X11/XF86Config (Protocol "PS/2" Device "/dev/psaux")。

1/23(Sat) A Simple Plan/HANA-BI

二日続けてダウナー系フィルムを観てしまい、ちょっと暗い気分。 映画そのものは悪くないのだけれど。

今日観に行ったのは "A Simple Plan"。田舎街で普通に暮らしていた男達が、 ひょんなことから誘拐犯の残した400万ドルもの現金を見つけたことから、人生を狂わせてゆく。 演出、役者の演技ともに良く、極めて密度の濃いドラマに仕上っている。 ただ、エンターテインメントを意識した作りでは無い。観客に媚びる必要は 無いのだけれど、何を見せたかったのだろうかと疑問に思ってしまう。

実は"A Simple Plan"は昨日観る予定だったのだが、ぎりぎりに行ったら売り切れて いたのだった。そこで急拠、ビデオを借りて友人宅で観ることになった。 友人が選んだのは北野武の "HANA-BI"。こちらでも知名度は高いようだ。 私もこれまで観る機会を逸していたのだが、これは、凄い。

ゴッホに "Head of a Peasant Woman" という絵がある(*)。 中年の女性が、まっすぐこちらを見据えているポートレートだ。 彼女の顔に特に表情は無い。にもかかわらず、その顔に刻まれた皺、 荒いタッチで描き出される額や頬の陰影、そして眼。それらが、圧倒的な 存在観を持って観る者に迫る。一枚の絵の向こうに、人間一人の人生がある。

"HANA-BI" の冒頭、いささか唐突に挿入される、北野武がサングラスをかけて黙って こちらを観ているカット。そのカットの圧倒的な存在観は、ゴッホのポートレートと 同質のものだ。彼の眼はサングラスに隠され、口は一文字に閉じられ、何も情報を 伝えて来ない。にもかかわらず、彼は重い人生を背負っている、ということがわかる。 それは映画中で次第に明らかにされるが、全てを知った後で、観客の意識は冒頭の カットに戻ってくるのだ。ほんの数秒のカットの中に込められたとてつもなく大きなものが、 観客の心に刻みつけられる。

ポートレート風のショット、固定カメラを多用するカット、そぎ落としたセリフ、 あたかも写真集によって綴られるような物語。動画の「動」を押え込むことによって、 個々のカットは存在感を増した。余分なものを取り去ることで、むしろ映画全体の 情報量は増したのである。どんなに説明を尽くしても語り尽くせない、人間の存在という ものが、説明抜きで伝わって来るのである。

忘れられない映画になりそうだ。

(*)ゴッホは1884〜5年にかけて、"Head of Peasant Woman" というモチーフで 相当数の作品を残しているが、ここで取り上げているのは "Head of Peasant Woman with Greenish Lace Cap" (クレラー・ミュラー美術館蔵、Jan Hulsker's catalog #648)。

1/22(Fri) 虚構と現実

ビデオゲームや、ネット上のコミュニケーションを否定的に語る文脈の中で、 「ヴァーチャルな世界に浸っているため虚構と現実の区別がつかなくなる」と言った 意見をしばしば見かけることがある。大抵、論者はビデオゲーム等の「虚構」に対して、 生身の人間との直接的コミュニケーションであるとか、 自然体験であるとか、あるいは社会生活といったものを「現実」として対比し、 後者のほうを重要なものとして語る。だがこの論理はちとおかしい。

計算機上に実現されたシミュレーションモデルは、物理的な実体を持たないという意味で 確かに虚構である。しかし「虚構と現実の区別」と言うときに問題としているのは、 物理的な実体の有無ではなく、個人の認識である。 したがってここでの「虚構」「現実」は個人の認識という文脈で 定義づけられなければならない。では、ある人にとっての虚構とは何か。

* * *

チェーホフに、「賭け」という短篇がある。 若者達が酒の席で、終身刑と死刑のどちらが残酷かという議論をする。 商人である若者は、永遠に自由を奪われる終身刑の方が残酷だとし、一方、法律家の卵 である一人は、あらゆる希望を断ち切ってしまう死刑の方が残酷だと主張し譲らない。 酒の勢いも手伝って、彼等はその場で気違いじみた賭けを行う。 商人は、親からかなりの土地を財産を相続していた。 そこで、その敷地内に離れを作り、法学生はその離れから一歩も出ずに、 また他人と直接接触せずに生活する。離れに鍵はかかっておらず、 また欲しいものは可能な限り差入れられる。 もし自由を拘束されることに耐えきれずに法学生が牢獄から一歩でも出れば彼の負け。 一方、彼が15年間、その状態に耐えられたら商人の負けで、 商人は法学生に相当の金額を支払う。

幽閉期間の最初の頃は、法学生はその状態にかなり苦しむが、そのうち膨大な量の 本の差入れを要求するようになる。彼は独力で様々な語学を習得し、古今東西ありと あらゆる知識を本から吸収してゆく。賭けに従い、商人はどんなに入手困難な書籍でも 取り寄せて差入れる。

そしてあと1日で約束の15年になろうという日の夜。商人は苦悶していた。 若かった時は裕福であった彼も、相次ぐ事業の失敗により明日の生活も知れぬ 状態になっていた。このまま賭けに負けたら彼は破産してしまう! 思い詰めた彼は、とうとう法学生を密かに亡き者にしようと決意し、離れに忍び込む。

法学生は眠っていた。15年の幽閉生活で見る影も無く変わり果てて。商人がいよいよ その計画を実行に移そうとした時、机の上の紙に何やら書いてあるのを発見する。 それは法学生の自筆で、次のように語っていた:「私はこの15年間、ありとあらゆる 本を読み、この世の全ての知識を得て来た。本を通して、この部屋から一歩も出ずして あらゆる体験を重ねて来た。今となってはもうこの世のすべてがばかばかしい。 賭けの金ももう要らない。そのことを示すために、明日夜明け前に私は自主的に ここを立ち去り、賭けを放棄する」。商人はそれを読み、そのまま自室に戻り泣く。 翌朝、召使が、離れの男が立ち去ったことを報告しに来る。商人は残された文書を 誰の目にも触れぬよう、金庫の奥深くにしまい込む。ここで話は終る。

* * *

さて、幽閉された男は、ありとあらゆる本を読んで、全てを知った気になってしまった。 彼がヴァーチャルな世界に生きていたことは明らかである。彼は本から得た知識により、 「世界とはこういうものだ」という観念を自分の中に作ってしまった。 膨大な知識を持つ彼のことだ、今後、どんな人と議論しようと、 彼の世界観は揺らぐことは無いであろう。彼は自分で作り出した虚構の檻に はまってしまったのだ。

彼が無茶な賭けをせず、普通に社会生活を送っていたらそうはならなかっただろうか。 その可能性は高いが、実はそれだけでは必要条件に過ぎない。どんな人も、 現実に生きて行く上で、世界に対するモデルを頭の中に構築している。 そのようなモデル無しでは、見るものすべてが混沌として正常な社会生活を 営むことは不可能であろう。もし、そのモデル、世界観を修正する必要に迫られずに 長い時を過ごしたらどうなるか。観念はどんどん強化され、いずれ虚構の檻の中で 生きて行くことになる。

現実とは、そのような虚構の檻の外からやってくる得体の知れないものの ことである。「かくあるべし」という観念を外から喰い破り、突き崩してくる 力である。壊された虚構の壁の隙間から外を覗いて初めて、人は自分の回りに築いた 虚構に気が付き、より広い世界へと踏み出してゆくのだ。いずれ拡張された世界にも 虚構の壁は作られるだろう---しかしその外へ踏み出す勇気を持っている限り、 新しい壁も壊される日がいつかやってくる。そしてさらに広い世界が待っているのだ。 商人が法学生の手紙を読んで泣いたのは、彼の頭の中の虚構の檻---破産を最悪の 事態と見倣し、そのためなら殺人も辞さないということ---が破られたことによる カタルシスであるとみることが出来る。彼が手紙を仕舞い込むのは、事件を隠すため ではない。自分の虚構が破られたという事実を永遠に心に刻むためである。

虚構と現実の差異に悩む必要が出て来たのは、人が都市を作り、 技術を発達させ、生活を安定させて来たからだろう。 それ以前は、放っておいても自然災害は来る、流行り病で身近な人が死ぬ。 戦が起こればそれまでの生活がめちゃめちゃになる。 嫌が応でも、世の中は自分の思う通りには行かないということを認識せざるを得なかった。 特に脅威となったのが、死という現実である。ある日突然、自分の世界の外から暴力的に それを破壊しに来る、理解不能な現実。 現代人は「死」を日常から追い払って、抽象的な観念にしてしまった。 他人の死が抽象的な観念であれば、ゲームのように人を殺すことに抵抗が無いのは 当然のことである。これを指して虚構と現実の区別がついていないと言うが、むしろ 虚構だけの中に生きている状態と言ったほうが適切だろう。 本人にとっては、全ては自分の頭の中で起こっていることなのだから。

このように考えて来ると、自然に触れること、生身の人間とのコミュニケーションを すること等は現実を認識するためのきっかけには成り得ても、十分条件ではないことが わかる。一組のカップルが居るとしよう。お互いに、「恋人とはかくあるべし」という 観念を持っており、またその観念に従って相手に対する「良き恋人」を演じている。 この二人は共に自分の虚構から一歩も出ていない。彼等は、アニメ美少女に夢中に なっている連中を笑えないのである。自分の理想と、実際の相手とのギャップに気づいた時に、 そのギャップに従って自分の世界観を広げることが出来て初めて、 現実を認識したことになる。だが、「理想と違うから別れる」と言って現実を退け、 虚構の中に閉じ籠るという選択も有り得るのだ。 同様に、ツアーのようにパッケージ化された「自然体験」は、 テレビを見て築いた虚構の強化にしかつながらない可能性もある。 規格通りの教科書をそのまま覚えたことを試すような試験は、 まさしく虚構の中に生きる人間を生産しているのだ。

またこのようにとらえると、現実を知るということは一回限りの行為ではなく、 自分の世界を拡張しようとする不断の努力に支えられた過程であることがわかる。

* * *

ビデオゲームや、ネットワーク上のヴァーチャルコミュニティは、 自分の好きな時だけ関われていつでも関係を断てるという点で、 虚構を崩す現実の力とはなりにくい面があるのは確かである。 個人を世界に向かって開いたはずのインターネットも、 自分と同じ価値観を持つ者同士ですり寄っている限り、 虚構を強化する方向にしか働かない。 ネット上で議論になっても、お互いに「自分の頭の中に作った相手像」に対して 言い合っているだけになれば、当然議論は並行線となり何も生み出さない。 しかし。

初めて地球の裏側に居る人にメイルを出し、5分で返事が返って来た時、 こんなにも遠く離れた場所に住んでいる人がいるという現実が自分の虚構の壁を直撃した。 ビデオゲームという媒体を通して語られるメッセージから、作者の生きる別の価値観に 思いを馳せた。それこそがネットの、ゲームの可能性である。 物理的な実体の有無は重要ではない。 それらが自分の世界を広げてくれることに意味があるのだ。

必要なのは、未知の領域に踏み出し、現実を受け入れる勇気だけである。

* * *

以前からしばしばメイル等で知人と議論してきたことであるが、 この機会にまとめてみた。思いのほか長くなってしまった割に、 あたりまえのことしか言っていないような気もするが、もう眠いのでここまで。

1/21(Thu) グラフィカルな開発環境

Windowsでの開発はしたくなかったけど、 どうも逃げてばかりはいられなくなって、現在Unix上のサーバと Windows上のクライアントからなるシステムを組んでいる。もともとWindowsに 触りたくなかったのでWebを使って組んでいたのだが、クライアント側でデータを 編集させようとするとWebはどうにも弱い。幸い、 新しくチームに来たYさんがWindows上でのアプリケーション開発に慣れているので、 私はシステム設計とUnixのサーバ回りの実装に専念できることになった。

Yさんは基本的にVisual Basic使いである。グラフィカルな統合環境を使って、 クライアントのユーザインタフェース部分をさくさく作って行く。私のように、 Unixで育ち(最初はZ80だったけど)、エディタでコードを書いてコンパイルして… という伝統的なスタイルに慣れ切った立場からするとずいぶん異質な作業である。

もともと私は、グラフィカルな作業環境というのにかなり不信感を持っていた。 なるほど、レイアウトを決めたりするのにはGUIは便利だし、そういう場合は 私でもグラフィカルなツールを使う。しかしプログラムコードやドキュメント類は プレインテキスト形式で扱うに越したことはないし、それならば余分な機能のついていない エディタで十分である。だいいち、マウスに手を伸ばすのが面倒臭い(*)。

(*) そもそもBackspaceとかEnterに小指を伸ばすことさえ タイピング速度が落ちるから避ける。Control-H及びControl-MあるいはControl-Jで 代用するのだ。ASCIIコードでは、BackspaceとControl-H、ReturnとControl-M、 Line FeedとControl-Jは同じコードである (というか、そう定義されている)。 ホストコンピュータにASCII端末で接続してた世代のプログラマにはこのような人が多い。 現在ではアプリケーションがASCIIコードとは関係無くキー入力の情報を取れるようになった ため、WindowsのアプリケーションではControl-HにBackspaceと異なる機能を 割り当ててあることがある。そのおかげで私はWindowsを使っていると時々キーボードを 叩き割りたくなる。

…という話を以前友人としていたら、「俺はタイプライターでタイピングを覚えたから Control-Hなんて使わんなあ」という人がいた。なるほど、キーボードの歴史から すると、Control-HイコールBackspace、というのもASCII端末によって導入された 奇妙な規則にすぎない。

UnixでもグラフィカルにGUIをデザインできるツールなんかはあって、 確かにちょろっと作ってみるのには良いんだが、どうにも柔軟性が無い。 例えばほとんど同じ外見だが、微妙にボタン等の配置や種類が違うスクリーンを 数箇所で使いたい、とか、ユーザの画面の解像度に応じてスクリーンの配置を 調整したい、とか、ユーザがカスタマイズファイルを書いてメニュー項目を 追加できるようにしたい、とか、ちょっと画面の異なる二つのバージョンを並行して 開発しなければならない、といった仕様を実現するには、プログラムにより スクリーンレイアウトを決めるようにしておいたほうがずっと楽である。 統合環境任せの開発は、標準的なアプリケーションを書いている間は楽だが、 システムの複雑度が増したりちょっと変わったことをしようとした時に 一気に負担が増えるのだ。

もちろんVisual Basicでも旧来のスタイルをとることは出来るのだが、 奨励されているのはグラフィカルに画面レイアウトを作って、 イベントハンドラの部分だけコードを書く、というスタイルだろう。

私の周囲のプログラマもだいたいUnix使いで、私と似たような考えを持っている。 だから、最初にVBによるクライアント開発の方針を決めた時はずいぶん疑問を投げられた。 「Perl/Tk使えばいいじゃん」「Javaは?」等々。もし私が趣味として 開発するのなら、それらの言語を使ってエディタでこつこつ作っていただろう。

さまざまな欠点があるにもかかわらず、しかし、グラフィカルな開発環境が圧倒的に 力を発揮する場面というのがある。大至急、とりあえず動くGUIが欲しい、という 場合である。そして現在のプロジェクトは、あまり明確でない仕様が来てから1〜2日で とにかく動作するバージョンを出せ、という理不尽な要求を処理する必要が頻繁にあるのだ。 旧来のスタイルを取っていたのではこれは絶対に間に合わない。YさんがVisual Basic の統合環境を駆使してぱぱっとデモを作るのを見るにつけ、ああいうスタイルも必要なんだな、 と頭では理解できる。

書店に行けば、Visual BasicやVisual Cの解説本が並ぶ。現在「プログラマ」という 職業に就いている人の中で、統合環境での開発を専門にしている人というのも結構 居るのだろうか。プログラミングの本質はデータ構造とアルゴリズムの設計にあるので、 スタイルの違いは表面的な事だ、とは分かっているのだけど、自分はやっぱり ああいう統合環境を使ってみたいとは思わないなあ。

1/20(Wed)

どうも最近、論説めいた文章が書けない。いろいろ感じていることはあるのだが まとめ切れない。心に余裕がないのかな、というわけで人の書いた文章の紹介にしてしまおう。

以前から、複数のプログラミング言語を学ぶことの 勧めを書こうと思っていた。ところが、 Eric Raymond How To Become a Hacker ( 和訳) の中で核心部分を述べてしまっていることを発見。 この手の情報はNetNewsをまめに読んでいた頃はすぐに入って来たのだが、 乗り遅れ気味かもしれない。この文章は、プログラマ以外の人が プログラマという不可思議な人種を知るのにも結構良いかもしれない。 (全くプログラミングに関する知識が無い人は Hacker FAQ の方がわかりやすいし面白いかも)。

1/18(Mon) At First Sight

今日の映画は"At First Sight"。 3才の時に視力を失い、20年間盲人として暮らして来た男が、 手術により光を取り戻す。しかしそれは一時的なものだった… という、 実話に基づく話。「レナードの朝」("Awakenings") と同じパターンだが、 原作も同じくオリバー・サックスである。「レナード〜」は視力ではなく 意識、という違いがあるものの、同パターンの、しかも名作があるとあって、 ちょっと採点が辛くなったかもしれない。

盲人の主人公を支え続けた姉や、それを捨てて逃げた父との葛藤とか、 「今度の彼は盲人なの」と言うヒロインに対する周囲のとまどいといった要素は 盛り込まれているものの、全体的には甘ったるさが目につくメロドラマになっている。 身体障碍という要素の描き方として、健常者から見て「こういう世界もあるんだ」 という紹介的なものは全く意義が無いとは言わない。ただ、現実の生活というものは、 「違う世界観とのひとときの交流」なんてものよりもずっとシビアで、生々しいものだ。 深刻ぶる必要はないが、かと言ってそのへんをすっ飛ばしてしまったら ただのファンタジーである。掘り下げようという意図は見えるだけに、惜しいと思う。

主人公は視力を取り戻し、鏡に映った自分をみてうろたえたり、 実物と、写真に撮られた物との区別がつかなかったりする。その描写は良い。 しかし、当然学齢前に失明しているのだから字が読めない。多少の描写はあるものの、 現実社会において、字が読めないということがどれだけのハンディキャップを生じ得るか というところはすっ飛ばされる。いっそ盲人なら良いのだ、読めなくても人々は納得する。 しかし、目が見えていてきちんと会話も出来る人間が文字を読めないという状況は、 現実社会の中では「許されない」---そのような社会の固定観念が、 本来無くせるはずのハンディキャップを生じさせているのだ。 物語性を重視して敢えてこの点をカットしたのか、それとも無自覚だったのかは 分からないが、残念である。

それでも物語自体はドラマチックだし、主演のVal Kilmerの盲人の演技にも 気合いが入っていて、しっかり観入ってしまった。 これ本当にPG-13か? ってカットもあったけど。

1/17(Sun) 復活

11日に帰って来てから、怒涛のような仕事に巻き込まれ連日4時帰宅。 それに加えて風邪がぶり返し、金曜夜には消化器系統をやられてせっかく食べた ちょっと値の張る韓国料理を無駄にしてしまった。まてよ、 一度は喉を通過して味わったのだから、無駄ではなかったのか。 しかし二度目に喉を通るのは (それも逆方向に) 勘弁して欲しいものである。

それも、2日間粥を食べては寝るという怠惰な生活により治ったようだ。 日本から持って来た梅干しが粥のおかずとして役に立った。偉大なり梅干し。

1/11(Mon) 台北〜成田〜ホノルル

メモ。台北国際空港は、中正國際機場と書かないと通じない。

友人Lも今日ホノルルに帰るはずだったのだが、便が違うのと、 彼は仕事が入っていたので、一人で空港に出る。成田まで3時間。 乗り継ぎで3時間待って、さらにホノルルまで6時間の旅。

成田には仮眠室とかシャワールームがあるのだね。知らなかった。 シャワールームは結構有難かった。しかしリフレッシュルームの電動マッサージ機が 動かなかったのは許せん。何故動かなかったのか、その原因はあきらかだ。 コンセントが差さっていなかったのだ。しかしコンセントを求めて彷う私の苦労も 虚しく、空いているコンセントが一つも無かった。あのマッサージ機はこれまで 使われたことがあるのだろうか?

ところで、こういう2カ国以上を渡り歩くような旅では、通貨を扱ううまい方法は ないものか。いつもは日本円用の財布と米ドル用の財布を別々に持っておいて、 相手国に着いたときに財布を入れ換えるだけで済んでいたのだが、 まさか財布を3つ、4つと持つわけにも行くまい。すると、空港でがさがさと財布の 中身を入れ換えることになる。ポケットのたくさんついた財布みたいなのが 旅行用品にあるのかも知れない。


ホノルルに着いたのは再び1/11の朝。太陽がまぶしい。 ホノルルの空ってこんなに綺麗だったっけ。 10時から会議が入っていたので会社に直行。

昼休みに荷物を置きにアパートに戻ってみると、ちょっとした事件が待っていた。 スーツケースを投げ出してトイレに向かう私の足に、ぴちゃり、と冷たいものが触れたのだ。
…濡れている。
バスルームの足拭きマットが、廊下のカーペットが、床に畳んで置いてあった洗濯物が、 クローゼットの段ボール箱が、濡れている。留守中に漏水があったようだ。 この様子ではほんの2〜3日前である。

後で起こり得る問題に対処するためにまず被害状況の証拠写真を撮影し、 クローゼットの中身をベランダに。カーペットは紙を敷いておくしか無さそうだ。 そしてアパートメントマネージャと、(私のところは分譲マンションをさらに借りているので) プロパティーマネージャに連絡。 しかし、漏水の原因がさっぱり分からない。
(1) 他のどのユニットからも、漏水のレポートは無い。
(2) 現在、私のバスルームの上下水道はきちんと動作する。
(3) バスルームのシンクに、泥のようなものがこびり付いていた。
(4) シンクの脇に置いてあった洗剤、シンクの下の棚に置いてあったトイレットペーパーも 水の被害に遭っている
これらの証拠から、シンクの下水道から何らかの形で水がバックフローして来たのでは ないかということが疑われるのだが、決め手に欠ける。何より、何故うちの、それも バスルームのシンクだけがそうなったのかが分からない。 バックフローが起こった現場に居合わせれば原因は分かったのかもしれないが、 もしその場にいたらそれはそれで恐ろしい体験だったかも。

結局のところ、私の持ち物への被害は、洗剤が一箱だめになったのと いくらかの衣類を洗濯し直しになったくらいであったのだから、 あとはカーペットが乾いてくれれば何も問題は無い。しかし謎は残る。

1/10(Sun) 谷関〜台中〜台北

今日は再び一人旅。宿の近くの龍谷の滝を見た後、バスを乗り継いで台中へ。 そこから電車で台北へ戻る。

長距離列車は扉を手で開けて乗るようになっている。閉めるのも手動。 閉め忘れれば当然開きっぱなしで走ることになる。 席が取れなくて通路に座っていたので、なかなかこれはスリリングな体験であった。 私の居た側の扉がきちんと閉まってくれないのだ。 途中で眠くなったが、うかつに扉に寄りかかって眠ってしまうと何かのはずみで 扉が開いて落っことされかねない。

台北に戻り、友人とjoin。台湾最後の夜も旨い中華料理。

1/9(Sat) 天祥〜梨山〜谷関

朝7時。これからメシ食って温泉だ、とたたき起こされる。 外に出てみると、なるほど、回りは見上げれば首が痛くなりそうな峡谷で、 水墨画の世界である。温泉はここからしばらく歩くのだという。 朝もやのかかる峡谷のハイキングは楽しい。

…としばらく楽しんでいたのものの、いつまで経っても温泉に着かない。 朝の空気はひんやりしているが、登り坂なので次第に汗ばんで来る
「おい、どのくらい遠いんだ、その温泉」
「うーん、天祥から歩きで30分くらいだったと思うよ。でも18年ぶりだからなあ」
だ、大丈夫なのか…

みんなが無口になってきた頃、彼方に見えるトンネルの脇に看板が見えた。
「おお、あれだあれだ」
文山温泉、とある。温泉マークは世界共通なのかな。 トンネルの脇の急な階段を数十メートル降りてゆくと、川底の、切り立った崖を 掘り抜いたような場所に温泉が湧いているのが見えて来た。露天である。 混浴である。脱衣所も何もない、ナチュラルでワイルドな温泉だ。 吊り橋を渡ってさらに階段を降りて、ようやく谷底に。
「おい、シロウ、おまえ裸で温泉はいるの大丈夫か」
「Why not? I'm Japanese.」
というわけで、野郎共4人で素っ裸になって飛び込む。 お湯の温度はちょっと熱めだが、すぐ脇の渓流を見ながら浸かるのは実に気持が良い。 のぼせたら川の水で冷やせるのも良い。 すっかり良い気分になって、来た道をゆっくり帰る。標高の高い峡谷の空気はまだ ひんやりとしていて心地よい。

その後はバスで山の中を抜けて、台湾中部の山を越え、西側に出ることになる。 数時間かかるバスの旅だ。停車場では出店が出て、農産物が買えたりちょっとした 食事が出来たりするようになっていて、バスも10分くらい停車するので、 運転手も乗客も大抵バスから降りてリラックスする。 とあるバス停で、そんなふうにリラックスしていた時。
友人L: 「あれ、今バス動かなかった?」
私: 「まだちょっと早いだろ…あれ、動いてるね。」
顔を見合わせ、それから手を振り回しながらダッシュ。 後ろを振り返ると、残りの友人2人が何かもぐもぐ食べながら追いかけて来る。 数10メートル行ったところで運転手が気づいてくれて、無事追い付いた。
私:「乗り遅れたらどうしようかとおもったよ。」
友人:「んー、次のバスに乗るしかないんじゃない」
私:「そうか。(でも次のバスって、翌日なんだよな…)」

午後になって、本日の目的地、谷関に到着。ここも温泉地だが、こちらは日本の 小さな温泉街と似たような雰囲気である。売店と食堂とホテルと。 ここで、他の友人3人が用事があるとかで今日中に台北に帰らねばならなくなった。 幸い、ホテルのフロントは英語が通じる。夕食後別れて、一人宿泊。

1/8(Fri) 花蓮〜天祥

友人達と共に、景勝地として名高い天祥に温泉に入りに行くことにする。 といってもみんな仕事があって忙しく、携帯で連絡を取り合いながらてんやわんや。 どうにか滑り込んだ飛行機で台湾東部の花蓮まで飛び、そこからタクシーで山へ。 太魯閣から天祥への道は非常に有名な峡谷となっているのだが、既にその頃は とっぷりと日が暮れていて何も見えない…

真っ暗な中にぽつんと灯が見えて来たのが本日泊まるホテル。 今はシーズンオフだそうで、がらがらである。外は真っ暗で何も見えない。 暇なので友人と散歩に出たが、50歩も行かないうちに真暗闇になり断念。 温泉と聞いていたが、どうやらこの宿に温泉が引いてあるわけではないらしい。

1/7(Thu) 故宮博物院

故宮博物院。広大な建物の中に中国4千年の歴史が眠る。 こんなに広いとは思わなかった。じっくり見ようと思ったらまる一日かかる。 午後から行ったのだが、半分見たところで時間切れ。終りのほうは駆け足に なってしまった。

中国政府から見れば、これらの史料は「奪われた」ということになるのかな。 いや、台湾も「国内」と見倣しているのだから、そういうわけにはならないか。 いずれにせよ人類にとっては、それらが保存されているという事実こそが重要で、 ちゃんと管理してくれるなら誰が所有者であろうと構わないのだが。

博物院まで一緒に行った友人は用事があるとのことで別れたので、 後は一人でふらふらする。「日本語か英語でOK」というLの言葉は大嘘で、 バス、タクシーの運転手はそのどちらも解さないことが多い。 道の名前をローマ字で覚えていても、発音が悪いと全然通じない (特に四声がわからないと絶望的のようだ)。 というわけで、切札の筆談を多用。 まずはバスで士林に出て、屋台でちょっと食べたり商店街などふらふらする。 台北の中心地より落ち着いた街という印象。学生街みたい。 メトロに乗って台北に戻り、タクシーをつかまえて安和路にある友人の友人宅へ。 今夜はここに泊めてもらうのだ。

1/6(Wed) Impressions of Taipei

Impressions of Taipei
1. ちょっとでもすき間があると割り込み、追い越しをかけるタクシーが凄い。
2. そのタクシーすれすれを飛ばして行き、信号無視しまくるスクーターの群が凄い。
3. それらの間を縫って何事もなく道路を渡って行く歩行者が凄い。
今日から台湾旅行。基本的に一人旅だが、台湾人の知合いが数人ちょうど帰省 しているので彼等と共にあちこち回ることになるかもしれぬ。 本日は宿泊先の台北のホテルで、帰省中の友人Lと落ち合い市内観光。

1/5(Tue) Ma vie en rose (僕のバラ色の人生)

知人に進められたので観に行く。「僕のバラ色の人生」。 女の子になりたかった男の子が中流階級のコミュニティに巻き起こす騒動。 ハリウッド映画にはあんまり見られない色彩感覚が美しい。 淡々と物語を進めつつ、常に先はどうなるんだろうと興味をかきたてる。 で、最後の落しどころが面白い。秀作。

夜は芝居。グローブ座カンパニー「夏の夜の夢」。1992年にやったものの再演で、 当時のは上杉祥三のパックがものすごく面白かった。 今回は、初日のせいだろうか、場面毎のテンションのバランスが悪い、 若干まとまりを欠いた印象の舞台であった。上杉もいまいち。 後半良くなることを期待。


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Shiro Kawai
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