1998年10月

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10/31(Sat)

土曜日はだいたい昼過ぎに起き出して、Ward centerあたりに昼食を食べに行く。 思いきり腹が減っていればKua ainaのバーガーが旨い。 落ち着きたい時は本を持ってMoca Java。 今日はぶらぶらした後Starbucksに行ったら、スケッチブックを抱えた Storyboard Artistのスイス人に会った。 ヨーロッパではHalloweenに相当する祭りは冬の終りにやるそうだ。 冬が明けて春がもうすぐ来ようという時期に、 寒さを追い払い春を呼び込むようにとの思いが込められているという。

夜は同僚宅でHalloween Party。再び全身包帯ミイラ男になって行く。 彼の家はKailua側、Honoluluから北へ峠を超えた側にある。 Honoluluより遥かに光源が少ないため、夜空の美しさは息を呑むばかりだ。 まばゆい程の月の光にもくもくとした雲が青白く光り、 誰かが描いたんじゃないのかと思う程に完璧な空だった。

顎の傷を治療後初めてじっくりと観察。 これまで傷口は半透明のフィルム(「糊」の一部)に覆われていたのだが、 それがようやく剥がれたのだ (自然に剥がれるまでほっとくように言われていた)。 一応くっついているみたいだが、明日のゲームはやっぱり控えておこうかなあ。

10/30(Fri) Pleasantville

ハロウィン前の最後の出勤日なのだが、今年はコスチュームコンテストが無いせいか、 仮装して仕事に来ていたのはごく少数であった。なんかさびしい。 私はホッケーのユニフォームを着て、段ボール作ったギプスをはめ、 全身重傷男。事情を知る内輪の人間には受けてた。

本日の映画。「古き良きアメリカ」のパロディが楽しい "Pleasantville"。 ふとしたきっかけで、90年代に生きるティーンエイジャーの兄妹が1950年代の白黒の TV番組 "Pleasantville" の中に入り込んでしまう。 全てが平和で、何も明日の心配をする必要が無い、調和の保たれが街。 だがそこにいる人々は本当に幸せだったのだろうか。 兄妹によってもたらされる変化を受け入れ始めた人々の間に、異変が生じる。

構成がちょっと冗長で、決めのシーンがうまく決まって無いのが残念だが、 暗喩的なアイテムの使い方がかなり良くてうならせる。りんごのシーンは秀逸。 Randy Newmanの音楽も良い。"Awakenings" (「レナードの朝」)とそっくりなんだけど。

10/29(Thu)

うがー。最近は夜中過ぎまで仕事でハロウィンの準備が全然出来ないー。 今日になってようやくメジャーな変更をリリース。 仕方無い、明日はありあわせの仮装でお茶を濁すか。

来週末からホノルル国際映画祭。プログラムを入手。 おお、「ラジオの時間」が来るではないか。チェックチェック。 他にも久々にハリウッド以外の映画が観られそうだ。楽しみ。

10/28(Wed)

Kapiolani沿い(Pensacolaのちょっと西側)に新しくオープンしたレストラン "The Peridot"。 昨日見つけて、友人と行ってみたのだが、リーズナブルな値段($10-$15)で シーフード系が美味しい。メニューもユニークで変わっている。 でも客がやけに少ないのは、オープンしたばかりであまり宣伝していないせいなのかなあ。 結構気に入ったので今日も行ったら、オーナーに挨拶された上に、 帰り際に "See you tomorrow" とまで言われてしまった。 まあentreeのメニューを全部試すまでは行ってもいいかな、と思うけど。


業務に使う書籍だとか、関連学会への参加費だとかは、 会社が出すべきか個人で払うべきか、友人と議論、というか雑談。 友人は全て会社が出すべきと言うのだけれど、 私はあんまり組織とか組織と個人の関係の永続性を当てにしていないので、 自分への投資という意味を明確にする意味で、自分で支払いたいということがままある。 少なくとも、ある程度持続性があるもの---基礎的な文献だとか、重要な資料集、 また学会の年会費等---は自分で払っておいて、例え何が起ころうとも自分のものとなるように しておきたい。 逆に一過性のもの、カンファレンスへの参加費・旅費だとか、ガイドブック的な文献なんかは ばんばん会社に払ってもらいたいものである。 会社に対する帰属意識の違いだろうか?

10/27(Tue) 崖

旅に関するメイルを知人に書いていて、ふと以前、米中西部を旅した時のことを 思い出したのだ。

* * *

ユタ州キャニオンランド。しばらく併走していたコロラド川の支流に 別れを告げ、ルートマップに記された目印の廃鉱を見付けた時、太陽は既に空高く昇り、 岩だらけの谷はフライパンであぶられているかのような暑さだった。 辺りに生物の気配は無く、私は自転車を降りて、三方を崖に囲まれた 干上がった谷底に一人佇んでいた。

マップによれば、そこから自転車を担いで廃鉱の右側、高さ150mの斜面を 登ることになっていた。 山道を想像していた私の目の前に立ち塞がっていたのは、しかし、 所々にオーバーハングさえ見える岩だらけの崖であった。 途中で足を滑べらせたら、止めてくれそうな木は一本も生えていない。

思案しつつ水のボトルに手を伸ばして、ちょっと迷って飲まないことにする。 水は貴重だ。セミデザートの乾燥した空気は、予想以上に急速に身体の水分を奪っていた。 少し戻れば川があるが、皮肉なことにその水は飲料に適さない。 ガイドブックは、水の不足は命にかかわると繰り返し注意していた。 数日前のグランドキャニオンでのハイキングで、その警告がただの脅しではないということを 知っていた。背中の水パックとフレームに取り付けたボトルが命綱であった。

突然、激しい孤独感に襲われた。このルートを使うバイカーは一シーズンにどれくらい 居るのだろう。途中で微かなタイヤ跡を見かけたこともあったが、河畔の細い道は両側から旺盛に 生えて来た雑草にほぼ覆われていた。 もし何かあって、進退窮まる状況になったとしたら。 水はどんなに節約しても何日も持つまい。また昼は酷暑の砂漠も、夜になれば急速に気温は下る。 最も近い街まで35マイル。停めてある車まででも15マイル。 身体が無事でも、自転車に何かあったらかなり困ったことになる。

戻るか、進むか。一周33マイルのオフロードルートの、ほぼ中間地点であった。 10マイルも引き返せば峡谷に降りて来た道がある。自転車に乗ったまま降りられる 程度の坂だったから、そこを登るのもそれほど苦労は無い筈だ。しかし。

迷いつつ、崖のルートを目で探す。マップに載っているくらいなのだから、多くの サイクリスト達が既に登っている筈なのだ。崖面は地層が露出し、2〜3メートルの 階段状になっていた。そこをトラバースし、オーバーハングを避けて適当なところで 一段上に登ることを繰り返せば何とかなりそうな気がした。 何より、その上に広がる景色を見てみたい、その気持が最後に勝った。

自転車の重量を肩で受け止め、廃鉱の脇から崖に取り付く。 最初の段をよじ登ると、数メートル置きにケルンが積まれているのを見つける。 道標だ。段状になっているため上の方まで見通すことはできないが、 一つのケルンに着くと、次のケルンが必ず見える場所に待っている。 ケルンに導かれるようにして高度を稼いでいった。 それまで自分を拒否するかのように立ち尽くしていた崖が、 急にその秘密を明かし、迎え入れてくれたような気がした。

重力は容赦無く背負った荷物を引っ張り、私の身体をずり落そうとする。 斜面の足掛かりが全重量を支えられるかどうかに確信が持てないところでは、 自転車を分解して数回に分けて運び上げた。 水を少しづつ口に含み、休む毎に携帯用食糧を少しづつ食べた。 炎天下では考える以上にエネルギーを消費するという経験から、 ハイカロリーの携帯食は持てるだけ持っていた。 食べたものがすぐにエネルギーに変わって燃焼しているような感覚だった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。時計を見ることも忘れていた。 最初に見上げた時には到底届かないと思えた崖上の潅木が、 随分近くに見えるようになって来てしばらく経っていた。 自分の身長程の段差をよじ登ると、その先にもう崖は無く、 砂と、岩と、岩の間に這いつくばるようにしている潅木がなだらかな斜面に 見渡す限り広がっていた。

* * *

その後に待っていたのは、10数マイルに渡って続く単調なセミデザートの 走りにくい砂地の道で、容赦無い日射しの下で休める木陰も無く延々と走り続けるのは むしろ苦行であった。彼方に停めた車の姿が見えた時に感じたのは、達成感でも充実感 でも無く、これでやっと終るという安心感だった。 果して崖登りの危険を冒してまで走破する価値があったのかどうか、それは未だに分からない。 もう一度同じルートを走れと言われたら拒否するだろう。 だが、あの時崖を登ることを選んだことは後悔していない。

日常の中で困難につきあたる度に、あの谷底で迷っていた自分を思い出す。 がむしゃらに挑戦すれば良いなんてことは思っていない。 現に、これまで痛い目にも遭って来た。 時には退却も必要だということは良く分かっているつもりだ。 けれども、あの時何かが私の心に囁いたのだ。 この崖を登らなければ、きっと後悔する。そのことはいつまでも心に引っかかって、 果たし得なかった挑戦をするためにいつかまた戻って来ることになるだろうと。

Maktub(それは書かれている)。 段差を超えるたびに、導くように置かれていたケルン。 人生なんてどうなるかわかったもんじゃないけれど、 一つ山を超えると、次の道標がどこかにあるはず。 そんなことを未だに信じて生きているのだ。

10/26(Mon) Informed consent

昨日病院でもらって来たペーパーを丹念に読み返してみる。 tetanusは破傷風、というのは説明で分かったのだが、 boosterに「2度目以降の予防接種」という意味があったとは知らなかった。

全部で20数項目ある『患者の権利と責任』からちょっと抜き書き。

どれもある意味当然のことではあるけれど、この国では暗黙の了解という概念はあんまり公式には 認知されないようで、何でもかんでも文書にする。 もう一つ受け取った文書は、私が受けた処置に関する具体的な説明と注意点。 そして我々がその点について議論し、理解した、という記述。 こういうのは時にはうざったくもあるが、ある意味で潔いとも言える。

Informed consentと言えば、以前網膜専門医にかかった時を思い出す。 造影剤みたいなのを静脈注射して眼底の血管の検査を受けたのだが、 その前に検査の内容、使う薬品、起こり得る結果などを非常に詳しく説明された上、 確かに理解したかどうか何度も念を押された。こちらが少しでも曖昧な態度を見せたら 先に進まない。はっきりと理解したことを伝えた上、書類にサインしてはじめて検査開始となる。 これがinformed consentというやつかと感心した。 訴訟社会において何かあった時の予防線だという穿った見方も出来るが、 わかりやすいところは良い。

しかしそういうところは繁雑な手続きを踏むにもかかわらず、 先程の文書には私の生年月日が間違って記述されていた。最初は日付が間違っていて、 気づいて訂正を求めたのだが、「分かった、直しておく」とか言っといて、 後で見たら日付じゃなくて月の方を修正している。 まったくもってこういうところはイイカゲンなのだ。

10/25(Sun) 顔を糊付け

くっそおおおぉぉぉ。負けたぁぁ。 Hickam空軍基地でのアマチュアホッケーリーグ。初めての対抗試合である。 第1戦はものにしたものの、第2戦では相手チームのチームワークが格段に良く、 どちらかというとまだ数人の上級者の個人技に頼っているうちのチームは歯がたたなかった。 私は足を引っ張っている方である。

どうも今日はゲンが悪い。ケチのつき初めは、せっかく買ったフェイスマスク付きの ヘルメットを出掛けに忘れて行ったことである。マスク無しのやつを借りてやっていて、 転倒した際にしたたかに顎を打ってしまった。自分では気づかずにプレイを続けていたのだが、 切ってしまっていたので程無くベンチに呼び戻され手当を受ける。 自分の顔は自分では見えない。せいぜいすり傷程度という感じなのに、 皆がえらく心配して「縫わなくていいの」とか言っているのを、 何を大げさなとその時は思っていた。

帰ってシャワーを浴びる前に絆創膏をはがして鏡で観てみたら、 なるほど確かに2cmくらいぱっくりと切れていて、これはツバつけといて直すにはちと大きい。 仕方無いので病院のお世話になることにした。Yellow Pageで調べると車で5分くらいの ところに24時間emergency serviceをやっているところがある。 しかしアメリカで医者にかかるのは気を付けねばならない。 下手をすると医療費が馬鹿高くつくからだ。 まず電話をかけて自分の入っている保険が効くかどうかを確認。 OKだとのことなのでのこのこ出かける。 着いたはいいが、病院というのは普段ほとんど縁の無いところなので、 どこに行けば良いのかさっぱりわからない。あちこち聞き回って緊急医療棟を見つける。

まず驚くのは、 入口のセキュリティに空港にあるみたいな金属探知機のゲートがあることである。 セキュリティのおにいさんがにこやかに「車のキーや財布はこちらのトレイに」 と声をかけてくれる。そこを通過すると待ち合い室みたいなところに出て、 正面にいくつかカウンターがあるが、どこに行ったらよいのか分からない。 うろうろして聞き回ってだんだんシステムが掴めてきた。 まず看護婦に状況を観てもらい、次にレジストレーション、そして医者に呼ばれるまで待つ、 ということらしい。

看護婦に傷を見せる。「あらぁ、派手にやったわね。何?ホッケー?危ないわねえ。 縫うことになるかしら。」 それはやだなあ。 「え、だってそのために病院に来たんでしょ。」 いや、ひょっとして縫わずに済むかもしれないな、と思って… 「まあ何とかなるかもしれないわ。」 そんな会話をしてから、住所やら保険やらのレジストレーション。 何やら紙にサインさせられる。『患者の権利と責任』 うーむ、契約社会だなあ。 あと、 "religious preference" とか "racial background" なんかも聞かれた。 何のためかは良くわからない。

程無く医者に呼ばれ、診察室へ。グレイの髪をした、どことなく 筑紫哲也に雰囲気が似ている医者に傷を調べられる。
看護婦「針を持って来ましょうか」
私「やっぱり縫わなくちゃだめですかぁ」
医者「うーん、これなら糊 (tissue glue) でいけるかもしれない」
(糊? 糊って何だ?) ←顎を押えられたので喋れない
医者「これは最近開発されたものでね、縫うのと同じくらいの強度を持っているんだ」
(何やらぺたぺたと塗られる感触…)
医者「ここのところでこうするのがコツさ。これで3〜4回試してみてうまくいった」
(だ、大丈夫かなあ。)
医者「じゃ、24時間以内は絶対濡らさないこと、2日は絶対にこすらないこと。腫れて来たり 痛みが引かなかったら連絡して」
(へ、これだけ?)

10分くらいで処置も終り、看護婦に「糊」の説明書きをもらう (これも情報開示というやつだろうか)。ひととおり説明を受けて、 「何か質問は?」と聞かれたので、「あのぉ、いつからまたホッケーが出来るんでしょうか」 と聞いたら笑われた。「い、いや、今度はフルフェイスのヘルメットをかぶるようにしますんで」 と言ったらもっと笑われた。「そうねえ、医者としてはおすすめは出来ないわね。 少なくとも3〜4日はおとなしくしているようにね」 ほっ。来週のゲームには間に合うようだ。 なんだか皆親切でさばさばしていて良いところだなあ、病院も。 (常連になったら困るけど)。

まあ、試合に負けたし怪我はしたけど面白い体験が出来たのでトータルでは今日もまた良し。

10/23(Fri) Apt Pupil

キング原作の映画化「Apt Pupil」。ドラマ部分のテンションが見応えのある佳作に 仕上っていた。かすかな表情の変化を演じ分ける主役二人(Ian McKellen, Brad Renfro)の 演技もなかなかで、観ててぞくぞくするシーンがいくつか。 ただ、これは原作のファンであるためのバイアスがかかっているからかもしれないが、 ちょっと物足りないような気もした。良くできてはいるのだが、 ついそれ以上の凄みを求めてしまう。 監督は"The Usual Suspects" のBryan Singer。カッティングがかっこいい。

10/22(Thu)

今住んでいるアパートメントは、金持ちの巣窟である。 駐車場をひとまわりするだけで、免疫の無い私はくらくらする程である。 少年時代を2軒続きの長屋だとか築30年の官舎だとかで過ごし、 「貧乏を恥と思うな」と厳しくしつけられて育った私には過ぎた住居なのだ。 家賃半分のところくらいが身分相応だと思うのだが、こちらに移った時に じっくり探している暇が無かったのでとにかく空いている所に入って以来、 引越しがめんどくさくて居ついてしまった。しかし。 世の中にはさらに途方もない贅沢があるようである。

本日ポストに入っていた不動産広告で、同じビルディングの 部屋番号#4502が売りに出ていた。しかしエレベータは42階までしか無いことを 私は知っている。 なんだこりゃ、インチキなんじゃないの、と思ってよくよく読んでみると、何と

42階より上は3階立てのペントハウス!
その3階のためだけにあるプライベートエレベータ!
Ultra-modern interiorなTatami Roomもあるぞ!
最上階は360度の展望!

うーむ、想像できる限界を超えてしまっている…。何だ、プライベートエレベータって。 何だ、ウルトラモダンな畳部屋って。Authentic Tea Houseってのも書いてあるけど、 茶室があるってこと?! 金持ちの考えることはわからん。 ちなみにお値段は分譲で195万ドルだそうな。

不動産に対する願望って全然持ってないのだけれど、もし家が手に入るなら 子供の頃からのかなえたい夢がある。忍者屋敷が欲しいのだ。 どんでん返しの壁だとか、掛軸の裏の秘密通路だとか。 もし大儲けして忍者屋敷を作ったら、やっぱり人から「金持ちの考えることはわからん」と 言われるのだろうなあ。

10/21(Wed) A Night at the Roxbury/酒の味

ドタバタコメディ "A Night at the Roxbury"。そこそこ面白かったけど、 わざわざ映画館で観る映画じゃないな。…これ以外に書くことが思い付かん。

先日ダイエーでKirin Lagerを見つけたので買ってきてみた。 日本に居た頃は好きだったビールだが、久しぶりに飲んでみたら 意外に苦みが強くてびっくり。最初に口に入れた時、ビールが変質してるんじゃないかと 思ったくらい (キングの "Gray Matter" を思い出してしまった。ぞぞっ)。 しばらくしたら、ああそう言えばこんなだったなあと思い出して来たけれど。 こちらに来てから飲むビールはDraftが多かったからなあ。 良く買うのはMiller Genuin Draftとか、あとはGordon Bierschかな。 ハワイに来てからは一番搾り(こちらでは "Kirin Ichiban")も良く飲むか。

実家では、父親は日本酒党、母親はビール党だ (しかしAsahi Super Dry)。 だが実家で暮らしていた頃はあまり家で飲むことは無かった。日本酒は長い間苦手 だったし、Super Dryはあまり好きでなかったから。まあ親と飲むってのに居心地の 悪さを感じていたこともあるかもしれない。

合法的に飲めるようになる前にもちょくちょく飲む機会はあったのだが、 旨いと思って飲んでいたわけではなかった。雰囲気というやつか。 初めてビールを旨いと思ったのは、しばらく所属していた大学のオーケストラの 初演奏会後の打ち上げである。「あれ、ビールって旨いな」と思ったのをよく覚えている。 心理的なものなのか年齢が影響しているのかわからないが、 嗜好の変化というのは不思議なものだ。 相前後して、それまで苦手だった食べ物 (ネギとかセロリとか春菊) が好きになったのも不思議。まあつまみとして最適なものではあるが。 その後劇団に移ってからはさんざん飲むようになるのだが。

日本酒を好きになったのはさらにその数年後。 日本を出る前にしばらく仕事でお世話になった方が大の日本酒好きで、 本人は肝臓を悪くしてあまり飲めなくなってしまったにもかかわらず、 その方の自宅兼オフィスに遊びに行くと良く高い酒を振舞ってくれた (出入りしていた人々が皆酒好きだったということもあるが)。 これも不思議なもので、一度旨いと感じ始めると、それまで気づかなかった 色々な味が楽しめるようになってくる。 今は帰省する度に親と飲んでいるが、なかなか楽しい。 親から勧めることはほとんど無いのだが、 私が一緒に飲んでいるとなんだか嬉しそうに見えるのは気のせいかなあ。

高校の時。普段は吉祥寺あたりでhang aroundしていて、自転車で12kmの 道のりを帰る間に冷ましていたのだが、たまたま実家のすぐ側の国分寺で打ち上げを やったことがあった。案の定親に見抜かれたのだが、親父曰く「酒の味が本当に わかるのは30になってからだよ」。さて、あと数ヵ月でやっとその歳になるのだが、 今度はどんなふうに嗜好が変わるのだろう。

10/20(Tue)

仕様に不確定要素が多く、かなり実装にてこずっていた機能。 これ以上押せないので、「スマートに実装しよう」なんて考えを捨ててとにかくありもので ベタベタにコーディングしてみたら、結構いけそうだ。 どうせプログラムなんて3回はリライトしないと良いものは出来ないのだから、 時には諦めも必要なんだね。 ついこだわってしまうところがあるからなあ。

ちぇりさんの日記経由で、 「あなたの値段を鑑定します」---どういうふうに導き出しているのか全然わからないが、 予想もしない質問があって結果に意外性があるうえ、コメントがめちゃ面白い。 ちなみに私は心と才能と人徳を高く評価されたが、 その全てを覆しかねないほど運が全く無いらしい…

10/19(Mon) 潜入探索

昨日は、パールハーバーの東にあるHickam空軍基地へ潜入して来たのだ。 目的はあるものの偵察。それに基づき、来週に改めて殴り込みをかけることになっている。

ダウンタウンからハイウェイH1を空港方面へ向かう。 空港を過ぎて次のランプが基地への入口だ。"Hickam Air Force Base" の表示に ちょっと緊張する。 ハワイは基地の島でもある。地図を広げれば、いたるところが軍によって リザーブされているのがわかる。ビーチをてくてく歩いているうちにいつのまにか 基地内に迷い込むなんてこともよくある。そういえばアリゾナ記念館も ビジターに解放されているが軍敷地内だ。 だが今回のように正面ゲートから堂々と乗り込むのは初めての体験である。

ランプを出て程無くして、ゲートが見えて来た。 ビシッと制服を着こなした大男がゲートの側に立ち、入る車を確認して ビシッと敬礼をしている。うっ、こんな怪しい東洋人を通してくれるだろうか。 何と言っても私は外国人である。ポケットのIDを握りしめる。いよいよ私の番だ。 ゲートの軍人がじろりと見下ろした。なるべく自然に、緊張を見せないようにして、 あらかじめ頭の中で作文しておいた来訪目的を告げる。すると…

え、行っていいって? あ、あの、IDも確認してないんですけど、いいんすか。 はぁ、こんなものなのか。緊張して損した。さて、目的の場所はと……… なんだかやけに広いんですけど。しまった、入ってからの道順を確認しておくべきだった。 案内板なんてのも見当たらないし、観光名所じゃないんだから案内所もない。 茫漠と広い基地内をうろうろしているうちに、別のゲートから外に出てしまった。 Uターンして再びゲートに (恥ずかしい…)。諦めてゲートの人に道順を尋ねる。 目指す場所はインラインホッケーリンク。 そう、ここで毎日曜日、アマチュアホッケーチームのリーグ戦が行われているのだ。 これまでは社内だけでやっていたホッケーだが、そろそろ皆そこそこにゲームが組み立てられる ようになって来たので、腕ためしに参戦することにしたのである。

素朴なリンクはユースセンターの一角にあった。計15チーム程が上級のAリーグと その下のBリーグで戦っている。うちはまずBリーグに入る予定だ。 ティーンエイジャーから結構なおっさんまでが参加していて年齢層は広い、が、 皆すごいスピードでパックを追って激突しまくり。 こりゃプロテクターを完全に着けないとアザだらけになりそうだなぁ。 来週の試合は12:15と決まった。さてどうなることやら。

10/17(Sat)

昨日食事をしていて、"Antz" の話題になったのだった。 画は良く出来てるという点では全員一致するのだが、ストーリーに関しては まあまあというのと良いというのとで意見が分かれる。私はまあまあ派。 ただ私はせりふの微妙な言い回しに込められたユーモアを理解してない 部分があるから、そのへんでちゃんと観ることが出来てないのかもしれない。

戦士と労働者とに生まれた時から分けられて、黙々と自分の役割をこなし続ける蟻たちの 世界。日常のつまらなさをぼやきながらも無力な主人公蟻が、状況に流されつつも 次第に自己に目覚めてヒーローになってくんだが(タイトルに仕掛けがある)、 人間の社会を蟻の社会でdepictするというのはOKとして、この「アノニマスな大衆が 自己を獲得してゆく」という流れに古くささを覚えてしまったのが、私がストーリーを うまく楽しめなかった原因かもしれない。 これが1990年代前半までの映画だというのなら納得出来るのだ。 だが、そういう流れのもとで大衆が自己に目を向けて行き付いた先で、 そもそも探し求めていた自己って何だったのか、そのへんを見失ってしまっているのが 現代の状況なんじゃないの? 本当に知りたいのは主人公の「その後」なんでないの? というのが大きな疑問。それともアメリカではちょっと事情が違うのかなあ。

主人公に優柔不断意志薄弱なキャラクターを持って来たのが ハリウッド映画としては新鮮、という意見もあった。そうだとしたら、 そういう手法では日本の漫画、アニメの方がずっと先取りしていたことになる。 何しろドラえもんで育ってるからね。

10/16(Fri) 迷い/Slums of Beverly Hills

昨日の件はチャンスのほうに賭けてみることに決めたが、 やはり迷いが先方を混乱させてしまったようだ。 ただ、このような迷いは、下手をすると致命的になり兼ねないなあとちょっと反省。

迷うこと自体は必ずしも悪いことじゃないと思っている。 むしろ迷いは「遊び」のようなものではないか。全く迷わないということは 全く選択の余地が無いということで、それもなかなか窮屈な気がする。 ただ、自分だけでいつまでも遊んでいられる場合ばかりじゃないからなあ。


久しぶりにコメディらしいコメディを観た。"Slums in Beverly Hills"。 いや、"There's something about Mary" のようなばかばかしいコメディも 大好きなのだが、やっぱり笑いの裏に何らかの影があるやつは心に残る。 "Slums〜" は貧しく哀しくも誇らしく生きる人間の生活をうまく切り取って ノスタルジックな印象深い映画に仕上っていた。

1970年代。貧しく何も持たず、親戚にたかって生きているような一家だが、子供を Beverly Hillsの学校に通わせたいという凄まじい執念のもと、市境ぎりぎりの 安アパートを転々とする。精神を病んだ従姉妹、ドラッグディーラーの隣人、皆 社会の中での弱者だが、頑張って誇らしく生きているのだ。それが、大人になりつつ ある自分に戸惑っている一家の長女の視点で描かれる。 自然に笑えて、後からじわりと効いて来る感じ、あまりハリウッドっぽくない。 イギリス映画みたい。

人情ものコメディと言ってしまえばよくある話なのだが、少女役の Natasha Lyonneと父親役のAlan Arkinの演技が素晴らしい。 脇を固める役者達も、不器用だけど愛らしい人間をうまく演じている。 こういう話も好きなので、星4つ。 んー、コメディに甘いような気がしてきた。 まあ所詮個人的好みの点数だからどうでもいいんだけど。

10/15(Thu)

腹を決めて物事を進め始めると、実にいろんなことがたてつづけに起こる。 全てがあまりに微妙なタイミングで、あたかも仕組まれているような。

朝、意外なところからの長距離電話で起こされる。ある質問。 これが昨日の朝だったら全く迷い無く却下していた筈だった。 ところが昨日、思いもかけぬ事実が判明し計画の先行きが全く見えなくなっていた直後だけに、 今朝の質問にも即答できず。一日待ってもらう。

これはチャンスなのか、だとしたらどちらを取るべきか。 全ては運命だとしても、選択の責任は常にこちらにある。 賢くかつ大胆でありたいけれど、さて、どうするかな。

10/12(Mon)

ここ2週間くらいのスランプから脱出の兆し。まだ全体の見通しは暗いけど、 見通しを立てるための見通しくらいがついてきた。腰を据えて取り掛かる覚悟が 出来たと言っても良い。現金なもので、口内炎はもう直りかかっている。 これ幸いと韓国料理を食べに行く。 それにしても、心の向きが違うだけで世界がこんなにも違って見えるとは。

サーバのウェブページをアップデートするために、mirrorを導入してみる (参考:Linux Inside)。 指定階層から下で更新されたファイルだけftpしてくれるもの。 これまではカテゴリ別にtar+gzipしたものをftpしてサーバ側でgunzip+untarするという スクリプトを走らせていたのだが、更新頻度の高いのは当日分日記くらいなものなので ちょいと無駄が多かったのだ。 あとmirrorはローカルで消したファイルをリモートでも消してくれるのがうれしい。

10/10(Sat) What dreams may come

Robin Williams主演の "What dreams may come"。 死んでからも人は愛のために戦わねばならぬこともあるようだ。 感傷的すぎる場面も多かったのだけれど、油採画の中へ入って行く 描写が非常に美しい。SIGGRAPH '97でImpressionist Effectを 発表した人がソフトウェアを担当したようだが、鮮やかな色彩と、その全てが 生きて動いている雰囲気は見事だった。 で、最後もお約束なんだけど泣かされてしまったので (こういう話には弱い) 個人的には星四つにしといた。

10/8(Thu) 絶望と希望

(注:"Saving Private Ryan" のストーリーの結末に触れます。 まだ観てないかたはご注意)

スピルバーグの "Saving Private Ryan" だが、先日日本でも公開 (「プライベート・ライアン」) されて反響を呼んでいるようだ。 いくつかWebサイトを見つけて、改めて思い返してみた。 (例えばこちらのサイト。 「映画採点簿」→「プライベート・ライアン」のコーナー)。

映画、しかも名作には観客の数だけの解釈があって良いのだが、 私があの映画を凄いと思った一番の要因は、映像的なインパクトでも、 描かれる戦場の悲惨さでも無く、絶望というものを怯まずに描いたこと だと思う。

映画中の主人公達は、恐ろしく悲惨な戦闘を体験し、不条理な命令 (一兵卒を救うために一小隊が危険に晒される) に従いながらも、 自身のアイデンティティに関わるような深刻な苦悩を直接的には 表面に出さない。むしろ淡々としすぎているような印象さえ与える。 しばしば語られる、自分達の行為に意味を見出そうとする試みも、 取りようによっては偽善にさえ見える。 そのために感情移入出来なかった人も居るようだ。 だが、私は逆にそのような演出だからこそ深く感情移入してしまった。

不条理な状況に置かれた人間が、大きな怒りを抱いたり悲しみに明け暮れたり するのは、その人がこの現実の不条理性を信じていない場合にのみ自然な 反応だ。「こうあるべき」という自分の考えと、目の前にある現実との不一致が そのような感情を引き起こす。しかし(何であれ)修羅場を潜り抜けてしまった人は 「あるべき現実」などというのがナイーブな幻想に過ぎないことを知っている。 暴力的なまでの現実(あるいは運命)に対する自分の無力さを知った時、 彼等の持つ一種の諦観は非常に自然に見えるのだ。 ミラー隊長の目の奥にあるのは深い、深い絶望である。

しかしその絶望は敗北ではない。むしろ、底知れぬ絶望の淵をはっきりとのぞき込んだ時、 人は初めて真の希望を獲得するのではないか。絶望を虚無と言い替えても良い。 一切のものの意味が消滅する虚無の縁に立って、「何故俺はまだ生きているのだ」と 自問する。いかなる理屈も、虚無へと向かう自分の心を止めることはできなさそうだ。 だが、心のどこかでは、全てが虚無であり絶望であるということを信じ切っていない。 その小さな疑問が彼を虚無の縁で踏みとどまらせる。 絶望と向き合うことによって、彼は自分が捨て去ることの出来ないものを 自覚するのだ。それこそが真の希望である。

生きる意味があるのか無いのか、そんなことを100%断言出来る人はいない。 だが、生きることに意味のある可能性をミラー隊長は 捨て去ることが出来なかった。だから彼は最後にそれをライアンに託すのだ。 "Earn this" と。

託されたライアン自身も、決してその意味を100%信じきれたわけではない。 それからの人生において、彼は常に自問していたであろう。しかし可能性を捨て去る ことは出来なかった。

死んでいった者達の死の意味。生き残った者達の生の意味。 実は全部無意味なのだと囁く絶望を横目で観ながら、しかし先人達は意味があるかもしれない という可能性を問い続けて来た。そして我々はその問いを継承している。 それを捨て去ることはできない。何故なら、その問いへの答えを探すことそのものが、 生きるということなのだから。

このへんをきちんと語るにはまだ私は力不足だ。このような見方は、 V.E.フランクルの「夜と霧」等に影響を受けている。虚無という言葉を 使ったのは、三木清の「人間の条件について」を念頭に置いている。

10/7(Wed)

今日はR&D divisionの月例ミーティングで、その後は恒例の夕食会だったの だが、ここ数日またもや口内炎に悩まされているのでパス。コリアンレストランだと 聞いて泣く泣く断念した。コリアンは大好きなのだが、今行ったら多分文字通り 泣きながら食べなければならなくなる。 ちなみに原因ははっきりしている。 仕事が停滞しているからだ。 一人でプロジェクトをやっているのならあちこち逃避しているところだが、 大人数のプロジェクトではそういうわけにも行かない (はっ。でも気づくとデスクトップのウィンドウマネージャが AfterStepに変わっていて、 しかも思いっきりカスタマイズしてあるのは何故?!) まあ、あと2週間くらい頑張れば当座の山は乗り切れる筈だ。 その後にはあるプランがあって、現在こっそり準備中。

10/5(Mon) 今更ながらRedHat 5.1

仕事で一日中端末に向かってコードを書いていると、 家に帰ってまでプログラムを書くとか、ダウンロードしてコンパイルだの インストールだのという作業はなかなかする気になれない。 自宅でLinuxを使っているのだって、Windowsの管理を改めて覚えるのが 面倒臭いからで、今のPCを組み立てた時にRedHat 4.2を入れて日本語環境を 整えてからは全くいじっていなかった。自作PCにLinuxを載せて…というと ヘビーユーザの部類に入るのかもしれないが、ただの文房具として使いやすい 環境を求めただけであり、それ以上に活用するつもりもあまり無い。 PC関係の雑誌は殆んど読まないから流行にも疎い。

たかだか2〜3年で古くなってしまう情報をわざわざ仕入れようという 気にならないということもある。進歩の早いコンピュータ業界とはいえ、 コアとなる技術は決して数年で消え去ったりはしないから、 そういった物を選んで身に付けていったほうが楽だし。 コアの技術が分かっていれば、だいたい枝葉の部分は必要に応じて関連記事を サーベイすれば分かるものだ。

ところが、最近自分のウェブページに掲示板をつけようと思い立ち、 Linux環境から日本語で自由にフォームに書き込みが出来るようにしようと 思ったら、実にいろいろバージョンアップせねばならないことが分かり いっそのことOSからアップグレードするかと覚悟を決めた。

PC-UNIXとのつき合いは386BSD 0.1が出た時からで、その頃Linuxはまだ version 0.99だったと思う。1992年頃か。インストールも一筋縄では行かず、 自分の環境に合わせてデバイスドライバのソースをいじったりとか、 カーネルも何回もリコンパイルする必要があった。今回は隣のCompUSAで RedHat 5.1のCD-ROMを買って来て、そこから直接ブート、ちょろちょろっと メニューを操作するだけであとはお任せである。 人里離れた山の中でキャンプするのと、温泉付きの豪華旅館に泊まるのくらいの 違いである。前者にもそれなりの楽しみはあるが、 時間に余裕が無くなってくると後者の方がありがたい。

しかし問題はその後で、Muleやら日本語化mhやら、 標準のRedHatから変更した部分の環境が軒並み動かなくなっていることを発見。 どちらも今更リコンパイルするには古いソフトである。 この際だからとxemacs-20.4+mule及びmew+imを入れることにする。 結局コンパイルだの何だので徹夜することに。(しかしどちらも全く問題無く コンパイル、インストールが通った。素晴らしい)。

本来の目的の掲示板は、キングのページ でこれまで手動でやっていたものをレンタル掲示板に移したもの。 キングファンの方、是非ご記入を→こちら

10/4(Sun)

昨日は午前中にハイキング、午後にパーティの企画があったのだが、 昏々と眠り続けて目覚めた時には日もずいぶん傾いていた。 寝過ごしたものは仕方がない。 気をとり直して最近周囲で話題の「メタルギアソリッド」(Konami) をプレイ。 スタッフのこだわりと遊び心がてんこ盛りのうえ、丁寧な作りで楽しめた。

登場人物があまりに饒舌なのは (ボス敵対決前後の長ゼリはお約束の演出 だとしても)、細切れにプレイするプレイヤーの記憶をリフレッシュする配慮 だろうか、それともローポリゴン、ローテクスチャの映像で表現しきれない部分を 言語化する必要があったからか。後者ならば今後ハードウェアの進歩と共に セリフによらない微妙な演出が可能になってゆくだろう。ただ前者のような 問題はゲームという媒体を用いる限りついてまわる (2時間タイムリミット、 セーブ無しとかいうゲームもあるにはあったが)。 より洗練された技法が開発されてゆくこととは思うが。

10/2(Fri) Antz

PDIによるフル3DCGアニメーション "Antz"。 脚本は残念ながらいまいちで、風刺的な内容にしたかったんだろうけど 掘り下げが浅く中途半端に終ってしまった。 脚本の段階でのキャラクタ造形に失敗してるよなあ。 だが映像はうまく作ってある。プロダクションの丁寧な仕事に敬意を表する。 初日の夜の回だというのに半分くらいしか客が入ってなかったのが ちょっと気になるが。

キャラクターデザインがあまりかわいくないのだが、 表情のアニメーションが非常に丁寧だ。人間の表情筋と同じようなものを 設定してシミュレートしたそうだが、確かに良くできている。 圧巻はいくつかある群衆のショットで、さーっとカメラが引いて行くと 画面一杯に蠕く蟻達。ちょっと工夫しないと作れないショットだ。 PDIはin houseのレンダラーを持っているそうだから、 レンダリングの段階でうまいぐあいに最適化をかけているのかも。 そうでなければ、crowd simulationからレンダリングに渡すまでの どこかで相当慎重にレイヤ分けをするツールがあるんだろうな。

クレジットロールを見る限りでは、Layout 20人、Modeling 20人、 Animation 40人、Lighting 30人くらいだったかな。 Software Dept は10人くらいだったが、 各セクションにTDが数人づつついているから、Softwareの方はin houseの まとまったツールの開発なのだろう。 ついうちと比べてしまう…うちはやっぱりあれをああする必要があるよなあ。

まあ、ここ一年で、100人以上からなる専門家集団を 動かしてゆくってのはむちゃくちゃ大変だってことが良く分かったから、 一つの作品を完成させたってことだけで尊敬>PDI。 来月末にはPixarからやはりフル3DCGの "Bug's Life" が来る。映像的にもろにかぶってるが、どんな仕上りだろう。 予告編はかなりおもしろい。


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Shiro Kawai
shiro@lava.net