1998年2月

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2/25(Wed) Safety Check

仕事がひと山超えて12時前に帰れるようになったおかげで、 最近まめにホッケーに参加しているのだが、 こけまくってすり傷と打ち身だらけになってしまった。 プロテクターがゆるくなってきてプレイ中にずれてしまうので意味をなさない。 しかしハワイではなかなかインラインホッケー用のアクセサリって 手に入らないのだ。

さて、車検というもののない国に住んでいるが、 ハワイ州では一応年に一回、車のSafety Checkが義務づけられている。 私のは中古で買ったため、一年経っていないが今月いっぱいが期限だったので Safety Checkを受けてきた。

DMV (車両局) にでも行くのかと思いきや、友人に聞いたところ 「ガソリンスタンドでやってくれるよ」とのこと。 で、近くのスタンドへ。 キーを預けてわずか20分、ブレーキやヘッドライトの動作を確認するだけであった。 (シートをみたら一応30項目くらい検査項目があったが...)。 費用も$15程度。まあやらないよりはましかもしれないが、 こんな検査だけの車がばんばん走っているのはちょっとこわい。

車を中古で買ってよく壊れたという話を耳にする。 ギアがバックにしか入らなくなり、駐車ビルディングから工場まで トーイングしてもらったとか、聞いてて一番恐ろしかったのは クルーズシステム (アクセルを踏まないでもセットした速度で 走り続けるシステム) が解除できなくなったというもの。 ブレーキを踏んでも速度を保つためエンジンの回転があがってしまい 止まれない。 仕方なく路肩に寄せて強制的にエンジンを切り事無きを得たそうだが、 ちょっと冗談にならない故障である。 私の車にもクルーズシステムはついているが、 その話を聞いてから一度も使っていない。 もっともハワイではシステムの必要性ってほとんどないのだが。 (カリフォルニアで乗ってたときは欲しかった...)

ところで明日午後から週末いっぱい、ハワイ本島 (Big Island of Hawaii) に 行ってくるので日記の更新はお休み。また来週。

2/24(Tue) The Stand

キングの "The Stand" にはまっている。 ペーパーバックで1,200ページ近いぶ厚さに今まで恐れをなしていたのだが、 先週末から読み始めたらこれがおもしろい。今300ページ目。

致死率9割を超える致命的な感染症、 ウィルスがどんどん変異するためワクチンは製造不可。 Richard Prestonの "The Hot Zone" か映画の "Outbreak" みたいだが、 最初に出版されたのは1978年だからもう20年前である。 インフルエンザウィルスで人類が絶滅の危機、 と言えば小松左京の「復活の日」もそうだったな。どちらが先だろう。 前半部のスピーディな展開は "Firestarter" や "Dead Zone" を思わせる。

キングのページを訪れて頂いた女性の方から、 「彼はなぜあそこまで女性になれるのでしょう」 とのメイルを頂いた。私には、キングの描写を読んでも 女性の心理は類推することしかできないのだが、 やはり女性が読んでも説得力があるようだ。 何故見たことも聞いたこともないようなことをまことしやかに書けるのか。 もちろんそれが書けるから小説家をやっているのだろうが、 人間の才能というものは実に不思議である。

2/22(Sun) The Wedding Singer

友人とアリゾナ記念館およびSubmarine Museumツアー。 後者は初めて行ったんだけど、けっこう展示物が充実している。 実際に使われていた潜水艦の中に入れるのが興味深い。 アリゾナ記念館に行く機会があったら、隣だからぜひ観ておくことをお勧めする。 その後ハワイに来て初めてアイススケートへ。 インラインに比べて腰にくるなあ。

本日の映画 "The Wedding Singer"。 ストーリーはただのラブコメなんだけど、むちゃくちゃ面白い。 セリフも役者の演技も衣装もキュートでかつ笑える。 で、観終った後、幸せな気分になれる。 名作という範疇には入らない映画だろうが、 人を幸せにできるってのはそれだけですごいことだと思う。

2/21(Sat) Pure Joy

日本時間ではオリンピックが終っていることだろう。 商業化の問題とか、自然保護の問題とか、 決して綺麗な面ばかりではない4年に一度の祭典だが、 それでもこれだけ多くの人が熱狂するのは、 オリンピックに、人々が観たい普遍的な「何か」が存在するからであろう。 その「何か」を、 15歳にして世界の頂点に立った少女が実に見事に言い表した。

"When I stepped on the ice, I had a feeling I knew what the Olympics were about. I had that feeling of just pure joy, and I went out there and put it in my program" --- Tara Lipinski

純粋な喜びからなる「あの感じ」---そう、誰もが感じたことがあるはずだ。 腹の底から湧き上がってくる力強い喜び。 生きていること、存在することそのものが喜びである状態。 別の目的のために行為をするのではなく、 行為そのものが喜びの目的となっている状態。 この状態にあるとき、その人は無敵である。 たとえ客観的に観て、いかに辛い状況にあろうとも。

苦しい日々を耐え抜いたから喜びもひとしおだ、 というのは大きな勘違いである。 この勘違いが、無用な根性論、努力論を生み出しているように思える。 硬い殻の中に眠っている種子のように、 内に喜びを秘めていたからこそ、苦しい日々を耐え抜くことが出来たのだ。 努力しなければ幸せになれないのではない。 幸せでなければ努力なんて出来るわけがないのである。

世界の舞台で、努力によって育てられた喜びの種子が花ひらいてゆくのを観て、 喜びを、幸せを分けてもらう。 どんな困難な状況でも、喜びの中で一歩一歩歩いて行けるように。

2/19(Thu)

ここんとこさぼってばかりのホッケーだが、「明日は出る」とジョーに 宣言したからには、今日は早く寝なければならない。ということで簡単に。

キングのページ を少し更新。 しかしDark Towerシリーズはもう一回通して読んでみないと 全体を見渡せなさそう。

最近韓国語を学習開始。リズムが日本語とよく似ている。 韓国の隣の国に住んでいた時はあまり 関心が無かったのに、数千マイルの彼方で韓国人の友人が出来て、 なんとなく文化の根底に共通するものを感じ(当然だが)、がぜん関心が出て来た。 今年後半あたり、時間が取れたら旅行してみたいものだ。 それまでに多少は喋れるようになっておきたい。

2/18(Wed) 葉っぱ(grass)

車の保険の更新時期になったので、契約を読んでいたら奇妙な条項があった。 事故を起こしたり交通違反を犯したりした場合はポイントが加算され、 ポイントが多ければ保険料が高くなる仕組みなのだが、 「飲酒運転、あるいはドラッグの影響下で運転した場合は7点加算。 但しマリワナは除く」となっている。 もちろんマリワナはUSでは非合法なので、刑事責任は追求されるわけだが、 少なくとも車の保険会社にしてみれば酒飲みの方が「危ない」と見倣されるらしい。 確かに彼らの基準は合法かどうかではなく、統計的に保険金が支払われる割合の多寡 であるから、合理的に考えれば刑法と一致しなくてもいっこうに構わない わけだが。

マリワナの合法化論議は盛んに行われているし、 身体に対する害に関しても賛否両方のデータがあってややこしい。 いや、影響があることは確かなのだが、煙草や酒と比べてどうなのか、 ということになると一慨に論ずることはできないようだ。 最近ではオリンピックのスノーボード優勝者の騒ぎが記憶に新しい。 ここではマリワナを解禁すべきかどうかという議論には踏み込まない。 賛否両論をざっと眺めた限りではグレーゾーンだし、 結局個人の判断に任せるしか無いであろう。 法律はあくまで多くの人にとって社会を便利に過ごすための便宜上のものに過ぎない。

法律議論を軽んじるつもりは毛頭無いが、 ドラッグ類に関しては合法だから、違法だからということ以前に、 「何故ドラッグをやらなければならなかったか」ということに目を 向ける必要があろう。そのためには一人一人の人間の人生に対峙する必要があり、 決して容易な事ではないが。 私のナイーブな見方では、ドラッグが悪いのは非合法だからでも、 他の犯罪に結び付きやすいからでも、中毒になって生活が破壊されるからでもなく、 その人がその人として生きることに障害となるから悪いのである。 「その人がその人として生きる」とはどういう生き方か、 ということに関しては言葉で説明する自信がないのでここではパス。 (というか、言葉での説明は専門家に任せて、 一般庶民は実際に生きてみせることでしか説明できないような気がする)。 いずれにせよ、そこに目を向けずに「客観的な善悪」を論じることには 議論のための議論以上の意味が無い様に思う。

ところでドラッグ防止のための教育だが、 「普通の」ハイスクールの学生がドラッグに溺れてゆく映画 "Basketball Diaries" を見せたらいいんじゃないかなあと常々思っている。 理屈で説明するよりLeonard DiCaprioの演技の方が ずっと説得力があるんじゃなかろうか。

2/17(Tue) 向こうから見れば...

オリンピック報道にからめて、日本の風物がよくTVや新聞で紹介される。 見慣れた風景が切り取られて、思いもよらなかったコメントがつけられているのを 見るのは不思議な感覚。勘違いしているというわけではないが、 へえ、こんなことを面白がるんだ、という感じである。

今日のLA Timesの、米国人記者による 温泉体験記も妙であった。 温泉、というか公衆浴場が米国人にとって珍しい、というのは分かるが、 彼にとってはそうとう凄い体験だったようだ。書き出しからして、 「米国では、昼日中に4階の道路に面した窓のそばに裸で立っているというのは まるで露出狂だ。かなりやっかいなことになるか、下手すると拘置所行きである」 まあ確かにそうかもしれないけどね。 それにしてもhokedokieって何だ。「fine and dandyを意味する 日本語である」なんて書いてあるけど...

2/16(Mon) 言語と文化とコミュニケーションと

本日はPresident Dayの休日。 Waikeleのアウトレットで買物をして(木工金工からコンピュータまで 工作関係の材料をそろえるには良いところだ)、ちょっと帰りに メイルを読もうと思って会社に顔を出したら、同僚の議論に巻き込まれた。 英語の不得手な日本人スタッフもまじっていたので、日本語と英語のちゃんぽんの 議論になったのだが、こと技術的な話に関する限り不思議とうまくゆく ものである。

英語と日本語の差異や、翻訳・通訳に関してはこれまでもたびたび触れてきたが、 ちょうど、私がよく訪れるWeb日記のリンク集、 日記猿人にて、 主に米国在住の方々の間で話題にあがっているので 便乗して少し考えてみることにする。

米国に来てもうすぐ2年になるが、 英語に対する感じ方は刻々と変わって来た。 最初の頃は、表現に気を使う必要がないぶん 日本語に比べてずいぶん楽だと思っていた。 何しろミーティングでは、副社長に対してだって単刀直入に "What do you want?" と聞ける。ビジネスで紹介されてまずすることはファーストネームを覚えること。 また、見知らぬ人の会話の口火を切るのは "Hi" に続けて 言いたいことを言うだけである。 日本語のように、相手との距離を測りながらすこしづつ表現を変えてゆく、 ということはない。

しかし、相手に対する気遣いだとか、遠慮の気持ちだとか、相手を敬う気持ち というものは言語や文化にかかわらず存在する。 日本語では敬語表現や相手に対する呼称の中に暗黙のうちに 含ませることができるそのような気遣いは、英語では明示的に示される。 日本語に直訳すると直接的すぎて恥ずかしいような文章が会話でも平気で飛び出す。 しかしそれを使いすぎるとよそよそしくなるし、慇懃無礼ということにも なりかねない。親しい間ではたとえ命令形であっても親しみを込めた表現であり得る。 それらの表現の組合せとリズムによる微妙なニュアンスがおぼろげながら 見え始めた頃、逆に英語を話したり聞いたりすることが難しくなったのだった。

確かに文化、社会、環境の違いは言語の構成に深い影響を与えている。 そして言語が思考と表現の道具である以上、言語の構成はまた文化に影響を与える。 ある事象や概念に対してラベルを付与することは、その事象や概念を 他の事象や概念から切り離して認識することに他ならない。 言語化の作業は連続な概念を不連続な範疇に分けることである。 その分け方が言語(文化)に依存する以上、ある言語でのある言葉の指す概念が 他の言語では表現不可能であるということは往々にして有り得る。 だが、根本にあったラベルの付与される前の「何か」---それは同じ人間である 以上共有できるものなのではないか、という気がする。 (この「何か」はいわゆる深層構造みたいなものなのかな。でも 何らかのラベルを付与してしまった時点でその表現はそのラベルの付与の方法に 依存したものになってしまうため、一切のラベル付けが行われていない、 ニューラルネットの中間層の状態のようなものだと考えておいたほうが よさそうである)

言葉がカタコトしか通じない状態では、人はむしろ直観を総動員して その「何か」を直に感じとろうとする。その姿勢は、初めて世界に触れる 子供にも似ているが、既にひとつの言語体系=範疇分けを習得している場合、 それを捨て去る不安と戦わねばならない。

「不思議よね。あなたのコトバ、全くでたらめにきこえてた頃、 獣のうなりだと思っていた頃、あなたの言うことがとてもよくわかった。 ところがこうして、その響きを越えてところどころ言ってることがわかってくると、 あなたの言うことがわからなくなる。[...] わかっているつもりよ、 今言ったこと。でもね、あたしは恐くなるよ、すべてのコトバがわかった時、 本当に何もわからなくなるんじゃないかって。」 (野田秀樹:「赤鬼」)

2/14(Sat) Good Will Hunting/アメリカの本屋

良い評判は聞いていたけれど今まで観る機会が無かった "Good Will Hunting"。Kahala Mallまで行く用事があったのでついでに観る。 ぎりぎりに行ったらほぼ満席。Oscar効果か。

設定は、実はちょっと狙いすぎという感じがしていただけなかった。 貧しく不幸な少年時代を送り、昼は掃除夫として働き、夜は仲間と飲み歩き 喧嘩でjailに放りこまれたりする主人公Will Hunting (Matt Damon)。 しかし彼は実はフィールズ賞受賞のMITの数学の教授Lambeau (Stellan Skarsgrd) をうならせる程の天才であった。斜に構えて心を開こうとしないWillを、 Lambeauはかつての大学の級友でセラピストをやっているSean (満を持して Robin Williams登場!) に引き合わせる、という段取り。 まあ先が見えるといえば見えてしまいますな。

それを補って余りあるのが役者群のからみの演技。 Robbin Williamsはやっぱりこういう役どころがいいですな。 ちょっと影を持っていて、人間味溢れていて、内側に悲しみも抱えている。 "The Fisher King" での彼を少し思い出した。 WillとSeanの関係はまあありがちだが、 それよりもSeanとLambearとの関係だとか、 Willとつるんでいる友人達が実にうまい。 特にWillの親友であり、Willの才能を認め 「お前はここにいるべき人間じゃない、もっと才能を活かせるところに行くべきだ」 と話すChuckie (Ben Affleck) は、"Stand By Me" での主人公とChrisの関係を 彷彿とさせる。

ちょっと気になるのは、主要な女性キャラが恋愛の対象としてしか 登場しないこと (男の友情ものだから無理もないが)。 この手のドラマで、男女間の友情 (恋愛感情とは別) を描いたものも 観てみたいものだ。作るのは難しいとは思うが。


さて、わざわざDiamond Headの先にあるKahala Mallまででかけたのは、 本屋Barnes&Nobleに行くためであった。 大きめの本屋では、近くにBordersというのもあるのだが、 そこでは見付からなかった本があったのだ。 ちなみにLAでもBordersかBarnes&Noblesが二大本屋だった。

本屋は好きな場所である。日本の本屋と大きく違うのは、 立ち読みしている人がとても少ないことだ。何故なら皆座って読んでいるから。 わざわざソファーまで用意してあったりするし、床にぺたんと座り込んで 売りものの本を読みふけっている人も数知れず。 書店内に喫茶店があるのも普通で、 コーヒーを飲みながらゆっくり読むこともできる。 こんなので商売になるのであろうか。 日本の大きな本屋に比べてそれほど客が多いようにも見えない。 考えられる要因としては、日本に比べて場所にかかる経費が遥かに低い、 人件費が低い、一人あたりが買って行く冊数が多い、などであろうか。 あくまで推測だが。

お目当ての本はBruno Ernst: "The Magic Mirror of M.C. Escher"。 あとShirley Jacksonの未刊の短篇を集めた"Just an Ordinary Day"も ついふらふらと買ってしまう。 まだ読み終っていない本がたくさんあると言うのに...

2/13(Fri) Sphere

やっぱり朝はホッケーより睡眠を取ってしまった... しかし午前中からmotion captureのセッションが入っていたので 無理矢理起き出してみると、これが素晴らしい天気であった。 雲が無いわけではないが、空と太陽の間がいつもより近くなったような 強い日射しに、海の色がこれ以上無いくらい深い青。

夜は例によって映画を観に行く。 「13日の金曜にホラーはできすぎだから止めておこう」という友人の意見を 採り入れ、予告編を観て面白そうだった "Wedding Singer" を狙って行ったのだが 売り切れ。それならばとDustin HoffmanとSharon Stoneの出ているSci-Fi、 "Sphere" にする。ところがこれが、Sci-Fi Horrorとでも言ったらいような 映画であった。

まあ構成も映像も役者も悪くはない。 でも、そつは無いけど印象が薄い、という出来であった。 最初からシリアスSFを観るぞという 気合いを入れて観てたらあるいは面白かったかも。 でもSF的要素とホラー的要素がひどく中途半端になってしまっているように 見えるなあ。ネタは面白いだけに、ホラーで押しまくるか 思いきり硬派SFにまとめるかすればもっといけたんではないか。

US対ベラルースのアイスホッケー。録画かな。 チームワークはベラスースの方が良いように見えるがなあ。 パスは器用に回すのにもうひとつ押しが足りないような。 Power playで得点できないのが辛いね。 USは攻守ともに個人技で押してるみたい。

2/12(Thu)

月曜から取り掛かっている提案用の仕様書がなかなか終らない。 いつまでもかかずらわっていても仕方ないので、 今日前半の2章だけとにかくあげて明日ミーティングということにする。 それでも結局2時になってしまった。この分だと明日のホッケーに起きるのは きつそうだなあ。最近さぼりがち。

ホッケーと言えばちょうど今オリンピックのUSA対Swedenの試合を やっている。 こちらはもちろんアイスだが。うわ、すごいね。殴りあってるよ。 あれ、US負けてるじゃん。どうしたNHL。

LAでは会社から車で10分くらいのところにアイススケートリンクがあって、 夜8時〜11時というナイトタイムが$6だったので週1〜2回滑べりに行っていた。 ホッケースケート靴も買ったのだが、 もちろん到底アイスホッケーをやれるレベルではない。 それどころか一生懸命止まる練習をしていたのだった (結局マスターできなかった)。 でも一度はやってみたいものだ、アイスホッケー。 ハワイにもスケートリンクはあるのだが、 ちょっと遠いのと、行った人の話では混んでいたそうなので敬遠している。

2/11(Wed) Thesaurusは便利!

Thesaurus。ザザウルスという恐竜の名前ではない。 一見辞書のような体裁で、各見出し語に対して類義語、対義語等を リストアップしたものである。概念から単語がひけるようになっている 場合もある。 以前から欲しいと思っていたのだが、本屋に行くとなぜか買い忘れていたのだった。 今日買って来てみたらこれが驚く程便利で感激。 もっと早くに買っとけばよかった。

私は熱心に英単語を覚えるという努力をしたことがなく、 知らない単語は文脈からテキトーに意味を推測するという技だけで 生き永らえて来た。しかしそのツケが現在回ってきて、 語彙力の不足によく悩まされる。 読むぶんにはキーとなる単語をちょこちょこと調べるだけで何とかなるし、 会話では説明したり言い替えで何とかなる。問題は書く時である。 当然のことながら、推測で読んでいたような英単語は書く時には出て来ない。 論点を明確にすれば知っている単語だけでも文章は書けるのだが、 いかんせん表現が限られるので幼稚な文章になってしまう。

こういう場合、和英辞典は意外と役に立たない。 文章の構成を英文で考えている時は、「こんな感じの単語があったはずなんだが」 という「こんな感じ」の部分も英文なので辞書の引きようがないのだ。 このモヤモヤ感は、手書きで日本語を書いていて、「こんな形の漢字だった はずだけど正確に思い出せない!」というのと似ている。 一番欲しいのは逆引き(意味から単語)が出来る英英辞典なのだが、 それに最も近いのがthesaurusだと言えよう。 キーワードを元に、単語の意味のネットワークを辿ってゆける。

語彙力が少ない私の場合、最初に思い付くキーワードは 非常に基礎的な、意味の広い単語であることが多い。 そこから語感を元によりぴったりした単語を探しにかかる。 「書けないけど読める」レベルの単語なら類義語リストを眺めれば見付かるし、 そこまでいかない単語でも、「こいつはくさいぞ」というのを改めて 辞書で調べたり、もう一度それを元にthesaurusを引いたりしているうちに これだ、という単語が見付かるものである。 言葉で書くと大変そうな作業だが、 実際やってみると頭のなかの言葉にならないモヤモヤがすかっと晴れるのが 結構気持良いのだ。これは単なる単語辞典ではない。 極めて有用な思考ツールである。

英語圏ではthesaurusは長く使われており、発行されている量も半端ではない。 私が買った本屋でも書棚ひと棚を占領していた。 最初にthesaurusと題する書物が発行されたのは19世紀半ば。 イギリスの外科医兼発明家Rogetさんが趣味で英単語の意味による分類を 始めたのが、次第に昂じてとうとう出版してしまったというものだそうな。 と、手元の"Roget's 21st Century Thesaurus" には書いてある。 日本語のシソーラスってのもどっかで研究してたとは思うのだが、 出版されているのだろうか。あれば便利だと思う。

そう、yahooで検索したらオンラインシソーラスもいくつか見付かった。 でも辞書類って、なんとなく私は紙のが好きだ。 気ままにぱらぱらめくって読むのが楽しいし、 ディスプレイから目を離す良い口実になるし。

2/10(Tue) バッハ

"Titanic" の14部門ノミネートが話題のアカデミー賞だが、 個人的には "Gattaca" (Art direction部門) と "Contact" (Sound部門) を 推したいところ。

話変わって、プログラミングのBGMに最適な曲は何か。 私はなぜかバッハである。ロジカルなことに集中している時、 他の曲だと非常に神経に触ってしまうのだが、バッハは逆に 思考を促進するようだ。 練習もショパンをほったらかして、最近は平均律ばかり弾いている。

2巻構成、各巻24曲づつのプレリュードとフーガからなる バッハの平均律クラヴィーア曲集は、ピアノを習っていると大抵の人は インヴェンションなんかの次にやることになる曲集だと思う。 ある程度長く習っていた方なら覚えがあるのではないか。 私は高校の頃に弾いていて、結局1巻の途中で習うのをやめてしまったが、 当時はたいして面白いと思わなかった。

クラシックファンでない方でも耳にしたことがあるようなピアノ曲は、 大まかには主旋律と伴奏、という形になっている。 で、盛り上げどころがあって、 思い入れたっぷりに弾いていると誠に気持が良い。 自己陶酔するのにはもってこいだ。 細かいところに目をつぶれば、カラオケで気持よく歌うようなものだと 言えるかもしれない (ピアノの場合、バックも自分でやらなくちゃならないのだが)。 バッハでも一般に有名な曲はわりとメロディラインがはっきりして 覚えやすいものではないかと思う。

それに対し、平均律曲集の中の曲はぱっと見では、 同じような調子でだらだらと続く。 フーガだと特に伴奏というものはなく、2〜5つくらいのパートが絡み合いながら 2〜3個の主題を元に展開されてゆく。 同じ主題を展開するだけだから、起承転結のようなめりはりがあるわけでもない。 旋律の絡み合いのロジカルな構成は頭では理解できても、 ただ面倒臭いだけというのが正直なところであった。 なにしろ手は2本しかないのに5つのパートを同時に弾けと言われるのだ。

ピアノを習うのをやめて2〜3年した頃、中古盤 (当時はまだレコードの中古盤がたくさんあった) でGlenn Gouldの 平均律曲集を買ったのも、なんとなくだった。 プロはどんな風に弾くんだろうとちょっと興味をひかれたのだ (そう、習っていた頃はレコードを聞いて研究するなんて熱心なことは していなかったのである)。 それが聞いてみてびっくり仰天することになる。

とにかくかっこいいのだ。 無駄なものをそぎおとし、ひたすら完全な構成を求めて作られたもの、 それは純粋な美しさと力強さを持っていた。 そう、例えば、一流の体操選手の演技とか、短距離選手の競技とか、 限界を究めるために無駄を切り詰め、完璧なるフォームを目指した結果を 見るような、そういう美しさと力強さである。 そういう場面では、人間らしい感情の発露や「ゆれ」は極力排除され、 純化されたゴールに向かうことに全てのエネルギーが注がれる。 単純にみれば「人間臭さ」を捨てるような行為だが、 それでも多くの人がそれに惹きつけられるのは何故だろうか。 不完全な人間という存在の中に、完全性を求める本能がプログラムされているのか。

ロジックというのは、善悪や感情や人間臭い矛盾などとは無縁の所にある。 構成の仕方によって、それは人間性にとって極めて危険なものにもなり得る。 人間をロボットのように型にはめこむことだって合理化という ロジックの一つの解であり得るのだ。それに対して善悪論で立ち向かうのは うまく行かない。反対意見を構成したところで、両方とも論理的には正しい 解なのである。

だが、人間は美しさを感じることができる---数ある論理の中から、 より美しいものを選択すること、それが論理の迷宮を抜ける唯一の 方法なのではないかと思う。

なんてことをいつも考えているわけではなくて、 単に気持いいからバッハを聞いたり弾いたりしているだけなのだが。 それにしてもイメージトレーニングではぱっちり弾けるのに指が全然ついてこないぞ。

2/9(Mon) Desperate Measures

仕事上の問題が思ったより楽に片付いたので、9:30頃に退社。 浮いた時間で映画を観に行く。Andy GarciaとMicheal Keatonの アクション、"Desperate Measures"。

設定がいい。SFPDのChief Officer (Garcia) の息子は白血病で、 骨随移植をしなければ余命いくばくもない。 八方手を尽くしてやっと見つけた唯一の移植適合者は、 しかし、終身刑で服役中の大量殺人犯 (Keaton) だった。 厳重な警備が敷かれた移植手術の日、 犯人は巧妙な計画により脱走する。 息子の命を救うには彼を捕らえなければならない。生きたまま。

つかみはとにかくテンポ良く進み、 多少お約束すぎるセリフがあるものの、前半のテンションの高さは けっこうどきどきして見られる。後半は普通のアクション。 ちょっと展開が都合良すぎるかなあ。Michael Keatonの犯人は結構良い。

Visual Effectsが今は無きBoss Film。 クレジットにかつての同僚の名前を見つける。 カラス(raven)を飼っていてよくパーティに連れて来ていた。 今どうしてるんだろう。

ところでもうStephen Kingの "Nightflier" が始まっている筈なのだが、 うちの近くの映画館には来る様子がない。 ハワイで公開しない、とかだったらやだなあ。 そういえば今回のX-Filesの脚本がStephen Kingだったのだ。 しかしうちのケーブルの契約にFOXが入ってなかったのだった。ショック。

2/8(Sun) 初泳ぎ/お寺のマーク

Waimanaloのビーチでバーベキュー。 水はやや冷たいが、 日射しが強いので日が出ている限りは寒くはない。 天気は上々。普通霞がかかっている地平線の彼方まではっきり見える。 彼方の島影は隣のモロカイ島だと教わった。

たまたまハワイに遊びに来ているという友人の友人などが加わって 総勢20人近くのグループでだらだらと泳いだり食べたりして過ごす。 友人がシーカヤックを持って来たので挑戦してみたが、 波が来るとバランスを取るのが思いのほか難しい。

それにしてもこの手の持ち寄り型のパーティ、理屈で言えば、 各人が一人分の食糧を持ってくれば丁度良いはずなのに、 ついついたくさん持って行ってしまうのはなぜだろうか。 私自身も、余るだろうなと思いつつ、なんとなく一人分では 皆に十分行き渡らないような気がしてついつい多目にしてしまう (それが間違いなのだが)。 かくして最後のほうは、残りの食糧を片付けるために 泳いで腹を減らしてくるという状態になっていた。 まあ、そうと分かっていても次回もたくさん用意してゆくのだろうが。 いずれにせよ、久しぶりに絵に描いたような休日であった。

帰る頃にはもう真っ暗になっていた。 テレビをつけるとちょうどCBSの長野オリンピック特集。 中継センターが善行寺を臨む場所にあり、 競技の合間に境内や住職の話などが紹介される。 この、境内の建物の切妻の装飾に、 日本人なら見慣れたお寺のマーク、万字がついているのだが、 それを見たこちらの視聴者の一部が 「何故ナチスのマークがついているんだ」と仰天したらしい。 境内の挿入カットの後で、アナウンサーが 「このマークに関して質問の電話がありましたが、 ナチスの鈎十字ではなく、それより遥かに旧く インドを起源とする、仏教にとって重要な意味を持つマークだ」 と説明していた。 こういう勘違いは異文化の交わるところにはいつでも起こり得る。 私も日本人としての目から米国の生活をあれこれ言っているが、 実はとんでもない勘違いをしている可能性もないわけではないのだな。

2/6(Fri) 自然は芸術家

ハワイでは、何故か雲が低くかかる。 オフィスの私の席からはホノルルの北に広がる山々が一望できるのだが、 こちらが晴れていてもよく山頂の方には雲がかかっているのが見える。 2,000mとか3,000mの山なら雲がかかっていても不思議はない。 しかし、窓から見える山々の標高はせいぜい1,000mくらいしかないと思うのだ。 とにかく、頂上に雲がかかっているような山が間近に (車で15分も走れば峠に出るので、本当に近い)見え、 それが日によって、いや一日のうちでも時刻によって色合いが変化するのが、 コンピュータのディスプレイを見続けて疲れた目を楽しませてくれる。

今日の夕刻の雲は、またこれまでに見たことがない不思議な色合いを 出していた。ちょうど暗くなりかけた空の色が不透明な灰色となり、 雲の色がむしろ透明感のある白で、空より雲のほうが遠くにあるような、 めまいを覚えるようなふしぎな景色であった。 言葉でうまく伝える才能がないのが残念である。

自然というのはつくづく不思議なもので、 毎日毎日異なった形で景色を鮮やかに彩り、 その変化には際限がないかのようだ。 私に絵心や写真心があれば、その美しさのエッセンスをキャンバスなり フィルムなりに定着させることが出来るだろうに。 いや、人間も結局は自然の一部には違いないのだから、 芸術とは自然の中に随所に見られる自己相似形のひとつの形態に すぎないのかもしれない。

2/5(Thu) めんどくさい確定申告

1月の後半になると、昨年の収入証明の書類があちこちから送られて来る。 米国では自営業に限らず、いわゆるサラリーマンであっても自分で確定申告を しなければならない。人間の移動が多いし、副業を持っている人も多いことを 考えれば日本のように会社が面倒をみるわけにはいかないというのはわかる。

やることは要するに昨年の収入と控除される額を指定のフォームに記入して 必要書類とともに提出するだけなのだが、場合によって必要な書類がいろいろ あるのでやたらにややこしい。出発点となる1040と呼ばれる書類 (連邦税用、 ほかに540という州税用のもある) だけでも何種類かあり、自分がどの条件に 合致するかで選ばなければならないし、やれこの条件に当てはまる場合は 書類何番を添付しろだの何だのという指定がむやみにある。 私のように独身で医者にもたいして世話にならず、 副業で稼いでもいない場合は簡単なはずなのだが、 一昨年は日本と米国と両方で収入があったし、 昨年はカリフォルニアからハワイへ引っ越したので両方の州に書類を 提出せねばならない、というわけでややこしくなっているのだった。

ちなみに米国では、当該年度の他国での収入にも課税される。 要するに日本でもらった分に関しては日本と米国と両方に払わなければ ならないのである。世界は自分のものだと言わんばかりの、 ひどい話である。 (但し私の場合、本社の規定でその分の保障額が名目賃金に上積みされているので 損したわけではないのだが。)

さて、自分で書類を全部用意する人もいる (書類自体は郵便局などに 置いてあるし、Webからダウンロードもできる。必要事項を入力すると 全て記入されたフォームをプリントしてくれるソフトウェアもあるらしい) が、 多くの人は会計士に頼む。 私も会計士まかせなのであるが、それでも今日50ページくらいある冊子を 渡されて各質問にチェックさせられたのであった。 まあ何もかも他人任せよりは多少自分でやったほうが、 税金を払っている実感があるというもの。 日本の、会社が全てやってしまうシステムは、 確かに楽だがそのぶん税金を払っている実感を薄くしてしまっているのでは ないかという気もしないでもない。

社会がそういうシステムだから、控除可能 (Tax deductible) かどうか ということはかなり重要だ。日常生活の中でも事ある毎に耳にする。 実際、全収入の3〜4割を持ってかれるとすれば、$1,000の支出が控除可能に なればダイレクトに$300〜$400の節約になるわけだから、これは大きい。 とは言え、私の生活ではそういうものにも縁はなく、控除可能な支出と言えば 学会にdonationした$25くらいのものなのであった。

2/3(Tue) 金歯が取れた

週が明けたら再び午前4時帰宅になってしまったのだった。 明日も早いので手短に。

一月ほど前、もちを食べていたら詰めてあった金歯がぽろりと とれてしまったので (以前とれたのとは別)、 歯医者に行って来たのだが、どうも金歯の下で細菌が生きていたらしい。 歯根まで及んでいるので、神経を抜いて治療しなければだめだという。 「普通腫れてすごく痛むんだけどね」と医者は言うのだが、 全然自覚症状なし。鈍いのかもしれん。

根を掃除して支柱を埋め込んでかぶせる、という治療で、 $1,200くらいかかるとのこと。 まあ保険で半分くらいカバーされるので、 正直なところ思ったより安くてほっとした。 だって支柱を埋め込むなんてやたら大げさに聞こえるではないか。 いつまた貧乏になるかわからないので、 金のあるうちに悪いところは直してしまっておいた方が良い。 そういう意味で、今金歯がとれたのはラッキーであった。

2/1(Sun) Great Expectations

Robert de NiroとEthan Hawkeが出ている、 というだけで観に行った "Great Expectations"。 原作はCharles Dickensの小説だけど、現代のアメリカに翻案してある。

シーンが綺麗なんだこれが。特に、前半、主人公が子供時代の時の描写。 カモメの飛び交う浅い入江を、スケッチブックを抱えて水しぶきを上げて走る主人公。 足もとをすり抜けて行く魚の姿を素早くパステルで描いて行く。 脱獄囚 (de Niro) との遭遇。 また、巨大な屋敷の荒れ果てた庭での少女との出会い。 何度でも繰り返して観たい程に美しい。

ところが残念なことに、全体をまとめきれなかった様子なのだ。 ひとつひとつを観た時に息を呑むほど美しいセット、ライティング、 役者の表情、セリフが、並べられた時にお互いを殺し合ってしまっている。 一体何をみせたいのだろうと理解に苦しむつなぎかたが随所にみられるのだ。 (特に、絶対ここは長過ぎるというカットがいくつかあるのだが、 ここで細かく言っても仕方ないので省略)。 見方を変えれば、この映画は「一つにまとめ上げることの難しさ」 を教えてくれているのかもしれない。

Hawkeとde Niroの演技も、結果としてみれば「そこそこ」という印象に なってしまう。それぞれの場面ではいい表情してたのに。 ただ、子役のJeremy James KissnerとRaquel Beaudeneはすごく良い。 各々のシーンの美しさが捨て難いので自分としては星3つ+αだけど、 誰にでもは勧められない。

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Shiro Kawai
shiro@lava.net