1998年1月

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1/31(Sat) 大波見物

ふう。
ここ数日は、朝10:30出社の翌朝6:00退社という生活になっていたのだった。 可能だと言う事と実現することの間には長ーい道のりがあるのだ。 でもようやく昨日午後に順調に動き始め、 不足していた睡眠時間を一気に取り戻す。 (昼まで寝ていたのだが、変な夢をみた。 野菜だけを売っているスーパーマーケットに行き嬉々として大量に野菜を 買い込むという。ビタミン不足という身体からのメッセージかも知れない)。

束の間の休みに、海を見に行ったのだった。 いや、南の海岸ならわざわざ見に行くことはないのだが、 一昨日、ノースショアで40ftの波が観測されたというのだ。 40ft!12mである。海から離れて育った私には全く想像出来ない。 そんなに高かったらまるで津波ではないか、 付近の人家は大丈夫か、とさえ思ってしまう。

サンセットビーチに着いたのは夕刻であった。 サーフィンの名所として名高いビーチだが、今日は海に入るサーファーは あまりいず、ほとんどの人が砂浜に佇んで海を見ていたのだった。 大波は... そうか、海岸にまで12mの高さのまま押し寄せるわけはないのだね。 それほどに巨大なうねりは岸からかなり離れたところで砕けてしまう。 結果として、海辺近くの海は波というより砕けた波涛が白く湧き返っているようだ。

遠くに見えるうねりは、あたりに比較するものがないため大きさを 把握できない。と、一人のサーファーがその波に挑んだ。岸からでは 豆粒程にしか見えない。波が大きく立ち上がる。 でかい。40ftとまでは行かないが、 ゆうにサーファーの背丈の3倍以上はある。20ftというところか。 その巨大な波の壁を、サーファーは優雅に横断してゆく。 上から波がかぶさるように彼を呑み込む。波が砕けた後、黒い頭が浮かび上がる。

サーフィンも楽しそうだなあ、やってみようかなあなどと、 ブギボもろくに出来ない分際で、ぬかして帰って来たのだった。

1/27(Tue) 小切手紛失事件

やっぱり、ない...

私は青くなって、山と積まれた手紙やら書類の山をかき分けていたのだった。 5日程前のことである。

こちらでは給料の支払やら立て替えておいた出張費の払い戻し、 払いすぎた料金の返金などが、小切手で支払われる。 こいつは銀行に預けなければただの紙切れなのだが、 私のようなものぐさはついつい面倒臭くなってため込んでしまうのだ。 ことに、私が口座を持つBank of Americaがハワイ州から撤退してしまったので、 預けるには口座があるロスの支店まで小切手を郵送しなければならない。 給料だけは銀行に直接振込にしてもらったのだが、何だかんだで預けていない 小切手が3,000ドル程たまっていた。

現金ならまあ置いといても箪笥預金ということになるのだろうが、 この小切手というやつ、換金できる期限がある。 期限切れになっても元の小切手があれば多分再発行してもらえるとは思うけれど、 却って面倒臭い。そんなこんなでようやく重い腰を上げることにしたのだった。 この際ハワイ州内のローカル銀行に口座を作ろう。

給料の封筒にまとめて入れておいたのは確かに覚えているのである。 だが手近には見当たらない。間違えて他のbill等と一緒に書類箱に放り込んで しまったかと箱をひっくり返して調べても、ない。 しばらくは預けに行こうと思ってノート(日誌)に挟んでいた覚えもあるのだが、 ノートの間にも見当たらない。 うーん、間違って捨ててしまったか、ノートのすき間から落っことしたか。

だが、青くなっていたのも束の間だったのであった。 まあ、振り出した方には記録が残っているから、一度無効化してもらって 新しく作ってもらうって手もあるわな。なんとかなるでしょ。 そう思ったらとたんにのんきになってしまったのである。 仕事が忙しくなりそれにまぎれてしまったというのもある。

今朝、昨年11月くらいまで使っていた日誌を、 古い記録を参照するために引っ張りだしたのだった。 と、ぽろりと給料の封筒が。これはもしや。ビンゴ!

調べてみると小切手の一つは来週が期限。ふう、あぶないあぶない。 胸をなでおろして、今日のランチタイムにでも口座作りに行こう、と 思っていた、ということを、会社から帰宅した瞬間に思い出したのだった。

1/26(Mon) 笑うに笑えぬアメリカンジョーク

一昨日観た映画 "Wag the Dog"、 「つまらない」と書いたが、(少なくとも一部の)アメリカ人には受けているらしい。 特に、マスコミの映画評が好意的なのが意外であった。 大筋は、大統領選直前のスキャンダルから選挙民の目をそらすために、 De Niro演ずる選挙参謀Conrad ("spin-doctor" って何て訳せばいいんだろう...) がDustin Hoffman演ずるハリウッドの大物ディレクターMotssと組んで、 アルバニアでのテロリストによる内戦をでっちあげるという話。 コマーシャルづくめの現在の大統領選を痛烈に皮肉るせりふが 散りばめられているし、部分的にはcoolな場面も多い。

しかし私は笑えなかった。一昨日の感想を書いた時点ではあまり はっきりと認識していなかったのだが、次第に映画を観た時に感じた 違和感の原因がはっきりしてきた。 大統領選は極論すればアメリカの国内問題である。 そんなことのためにダシに使われたアルバニアの立場はどうなってしまうのだ。 映画中にこんなセリフがあった。
「でもどうしてアルバニアなの?」
「Why not? アルバニアについて何か知っているかい?」
「え、いいえ、特には」
「だろう、僕もそうだ」
要するに大多数の国民にとってはアルバニアなどどっか遠方の小国で、 テロリストが村を焼き払っても不思議は無いようなところという くらいの認識しかない、というわけだ。

だがどうアメリカ国民が思おうと、現地にはその土地で生活している人や、 そこをふるさととする人々が居るのである。 登場人物がどんなに荒唐無稽な話をしようが構わないのだが、 それを実行する上で、シナリオでのきちっとしたフォローが欲しかった。 もし登場人物の行動が、でっちあげた戦争を全世界の人々に信じさせるだけの 非常に綿密なものであったなら、笑った後に背筋が寒くなる、 見事なブラックジョークに仕上っていたと思うのだ。 だが映画内での登場人物の行動はむしろstupidであり、 計画も行きあたりばったりの穴だらけ。 そんなんじゃアメリカ国民はだませても全世界はだませないよ、 と言いたくなるのである。

世論の支持を上げるために他国を爆撃してしまうような国だから 仕方ないのかもしれないが、 ことに米マスコミにはいいかげんその見方の危うさに気づいて欲しいものである。 ってここで日本語で書いたって全然意味ないんだけどね。

1/25(Sun) Phantoms

今日の映画は "Phantoms"。Dean Koontzが原作で、脚本も手掛けているホラー。 ホラー好きな方にはお勧め。特に前半はものすっっっごく怖いです。 劇場内が阿鼻叫喚、効果音なんだか観客の悲鳴なんだかわからないくらい。 というのは多少脚色が入ってるけど、いやージェットコースターに乗せられてる みたいだった。 最初の15分の間に、大抵の人は一回は思わず声を上げてしまうんじゃなかろうか。 ただ、後半にストーリーが説明っぽくなってテンションが下がってしまうのが残念。 音に凝っているので良いサウンドシステムの映画館で観るのが吉。

Koontzの小説は2〜3作しか読んだことがないけれど(Phantomsは未読)、 冒頭からたたみかけるように物語がスピーディに展開するので読みやすくはある。 Kingのように、終った後何度も思い返して深く考える、 ということはあまり無いように思うのだけれども。

1/24(Sat) 英語? 米語?/Wag the Dog

この週末はChinese New Yearのセレブレーションだそうで、 いろいろイベントがあったらしい。らしいというのは、 今日昼頃起き出してだらだらして、街に出たのが夕方だったので、 そういうのは軒並み終ってしまっていたのだった。

最近ラジオで "Titanic" の主題歌(My Heart Will Go On)がよくかかるので 欲しくなり、Ward Centerでサントラを買う。ついでに本屋をぶらぶら していたら、Ethan Hawkeの書いた小説を見つけた (The Hottest State)。 映画 "Gattaca"での演技が印象的だった Hawkeだが小説も書くとは。まだ最初の2章しか読んでいないがけっこう良い。


さて、"Ultima" の発音は「ウルティマ」が近いか「アルティマ」が近いか。 私の周囲の米国人の発音は「ウルティマ」に近く聞こえる。 「ウ」を思いきり強く発音する感じで。 そんなことをメイルで出したら、「Λ」のような発音記号、米語では 「ウに近いア」、英語では「ほとんどア」だと教えてもらった。 私の周囲は米西海岸出身の人が多いのだが、かなり口を狭めて 口の前のほうで強く発音する。唇を尖らせずに強く「ウ」という 感じに近いか。「ア」に聞こえなくもない。 "ultimate" から来ていると思われるFFの魔法は「アルテマ」だったな。

似たような経験は、"alternative" でもあった。 学校では「オルタナティブ」と習ったし、 辞書の発音記号もそうなっているけど、「アルタナティブ」に近く 発音する人もいる。これはアクセントがない母音なので単に弱い母音に なってしまうだけかもしれない。

キングの小説とか読んでいると、登場人物の発音に随分なまりが 入っていることがある。それぞれのなまりがどういう雰囲気を醸し出すのか、 私には想像してみることしかできないのだが。 日本国内だけで様々な方言があるのだから、米国にもそういうのがあって 当り前ではある。学校で英語を習ったときは考えもしなかったけど、 学校で習う英語ばかりが英語じゃないんだね。 言葉は生きているんだから。

ところでUltima Onlineだが、我がキャラクターRoland of Gileadは 今年になってからずーっと宿屋で待機中なのだった。仕事が忙しいのと、 Linda3 againのせいである。


Robert de NiroとDustin Hoffmanが出てる "Wag the Dog" を観て来た。 大統領選の投票日直前に持ち上がったスキャンダル。 メディアと大衆の目を逸すため、大統領のブレイン(De Niro)は ハリウッドの敏腕プロデューサー(Hoffman)を雇い、 架空の戦争のニュースを「演出」する、というもの。 惹句はおもしろそうだったんだけど、うーん、 どうも私はポイントを掴み損ねたようだ。

政治や軍事がらみの話を早口でまくしたてられると聞き取れないってのは あるのだが、何を見せたいのかがよくわからかったのだった。 投票日まで残りX日という緊迫した状況での駆け引きを見せたいのか、 メディアキャンペーン合戦になっている大統領選の現状を皮肉りたいのか。 最初は前者に力点を置いたシリアスな作りかと思って観てたのが悪かったらしい。 国政を背負っている役割にしては登場人物のやることが あまりにsillyで軽率過ぎるし、ギャグ映画だったのね。 でももうすこしリアリティがないと、 "CM, CM, CM. Is the President a product?" "Yes." みたいなキツイせりふが活きて来ないと思うんだけどなあ。 とりあえず演出にはついていけず、 De NiroとHoffmanの芸達者ぶりだけが印象に残ったのであった。

そう、こないだ書いた「Sphere」の予告編、2月に公開らしい。 "Coming this Christmas" と出たのは、じゃあ去年のクリスマスのことで、 公開予定が遅れたということか。

1/23(Fri) 働きながらお勉強

夕食はコリアンバーベキューの食べ放題に行く。 最近帰りが遅くてろくな食事をとっていなかったので、 カルビとブルコギとキムチで一気に栄養補給である。 たらふく食べて$15.75という値段は悪くない。 だがその後オフィスへとんぼ返り。締切近いから仕方ないね。

Taiwaneseの友人 (以前の日記に登場したLである) と行ったのだが、 彼はHawaii Pacific Universityの日本語コースを取ることを考えているのだった。 外国語を勉強したい、といった時、 日本ではまず思い浮かぶのは様々な語学学校だろう。 こちらにも語学学校はあるが、むしろ人々が日常生活の中でちょっと 学びたいと思ったときに思い浮かべるのは大学であるようだ。 どの大学も社会人向けの一般教養の短いコースを豊富に用意している。 働きながら単位を取って学位取得を目指すものとはまた違って、 講師も外部の人間だったりするし、単位が付くわけでもなく、 純粋な趣味に近いものまである。 大学がそういう教養の「場」として機能しているらしい。

そう言えば私の知るだけでも4カ国語を自在に操るKも、 来週あたりからUniversity of Hawaii の日本語コースをとると言っていた。 毎土曜日、12週間で$90だそうだ。すごく安いんでないかい。 勉強したくなった時に、「勉強するぞ」と構えずにごく自然に 「ちょっとそういうのをとってみるか」というスタイルは楽でいい。 強制されてやる勉強なんて楽しくないもんね。 (ちなみにKはカナダ国籍のイラン人、いや、 もし国籍をもってして○○人と言うのなら、 イラン出身のカナダ人となるのか。母国語よりも英語のほうが楽だそうだが、 仏語と西語もぺらぺらである。 彼を見ていると国籍っていったい何だろうと考えてしまう)。

かくいう私もそういう友人に刺激されて、 actingのコースがあったらチャレンジしてみようかと思い始めたのだが、 今のところ無いようだ。danceは10コースくらいあるのだが。 一番近いのが "How to become a good Clown" だけど、これはちょっと違う。

1/22(Thu) ソースコード公開とは

昨日は「夜中前に帰れるかも」などと書いていたがやっぱり甘かった。 まあそれでもソフト自体は動いているので気分はいい。 ユーザの反応が好意的だとなおさらである。

Netscape社がCommunicatorのソースコードを公開するそうだ (→ プレスリリース)。確かに現在広く使われている多くのソフトウェア資産は、 インターネット上で公開されたソースコードを皆がいじくりまわし、 検証することで育って来た。商用のソフトウェアであっても、 開発初期にソースを公開してフィードバックを受けるとか、 古くなったプロダクトのソースを参考のために公開するとかは よく行われて来たが、今現在ばりばり使われていて発展中でもある ソフトのソース公開というのは、結構思い切ったことだと思う。

ソースの公開は諸刃の剣で、全世界の「ハッカー (良い意味ね)」からの フィードバックを受けられるという利点がある半面、 いわば手の内のさらけだしてしまうわけで、 わかる人が読めばそこで使われているテクニックは全部ばれてしまう。 隠すことによる技術的優位を失うわけだ。 実際、プログラミングの勉強に一番良いのは良質のソースコードを読むことだ。 そういう点でこのような政策は歓迎するのだが、 ビジネス的判断としては一種の賭けであるかもしれない。

Netscapeの戦略は、クローズドなマイクロソフトの方針と良い対照をなす。 オープンな方がソフトウェア文化全体に貢献するのは間違い無いし、 理想的にゆけばそれは会社の利益となって帰ってくるはずなのである。 だが、コンピュータ発展の歴史を見ると、必ずしも理想的なものが 主流になってきたわけではない。 今回、現実がどちらの方に転ぶか。 私はNetscape側に賭けたいところである。

1/21(Wed) アメリカンサイズ

月曜にデモしたソフトをようやく試験運用にこぎ着け、ほっとひと息。 明日は夜中前に帰れるかもしれない。一種のサーバなのだが、 この手のある程度連続運用が期待されるアプリケーションを作る時は必ず、 動作を止めることなく修正ができるようにしている。 以前、生放送用のアプリケーションを作っていた時の知恵である。 生放送ではオンエア中に不具合を発見しても、止めて修正するわけにはいかない。 実際この機能で救われたこともあった。 今はそれほどシビアな状況ではないが、それでも皆に気づかれないうちに こっそりバグを直したりできるので重宝である。

ところで、米国人は平均的に体がでかいうえに場所を節約する必要もないので、 日本に比べるとなんでもでかく作る。こちらでは全てがでかいし、 東京では全てがコンパクトなのであまり気づかないのだが、 自分の体のサイズを参照するような時にふと差に気づいてびっくりすることが ある。私の身長は180cmにちょっと届かないくらいなのだが、 日本では気を付けてないと鴨居に頭をぶつけるし、 実家の台所の流し台はやけに低くて変だった。 逆にこちらで、東京の感覚で向こうに見えているビルまで歩いて行こうとすると、 予想をはるかに越える距離を延々と歩くはめになる。 そういえば材木を買うとき、日本では6尺=182cmが基準になるが、 こちらでは8ft=244cmが基準のようだ。

比較して思うのは、日本に見られる、小さなスペースを最大限に広く使う技術は 実に大したものだということだ。建築物の設計とか、店での商品の配置やら、 時には美学といえそうなほど見事な知恵に驚かされる。 そういやこないだ帰ったときはPHSの小さいのにもびっくりした。 あと、新聞の紙面構成。日本の新聞は限られた紙面に非常にうまく記事を 配置しているように私には思える。こちらの新聞の構成がぐちゃぐちゃに 思えるのは慣れてないせいなんだろうか。

こんなことを、会社のトイレ (大) に入りながら考えていたのだ。 なぜかというとだ。こちらの洋式便器に腰かけるとかかとが浮いてしまって 甚だ落ち着きが悪いのである。 身長が小さすぎるということはないと思うのだが... やっぱり足が短いのかな。そうなのだろうな。

1/20(Tue) 大学の雰囲気

ちょっとした用事があってUH (University of Hawaii) を訪ねた。 UHのキャンパスに入ったのは初めてだったが、 なぜだかとても懐かしい。 大学には、国を越えて共通の雰囲気というのがあるような気がする。 時間の流れが、そこだけゆったりとしているような雰囲気。

米国の大学は日本に比べてかなり大変と聞いているので 私の学生生活なんかと比較してはだめだと思うが、 それでも全体のサイクルが外に比べてゆっくりしていると感じられる。 私の場合、やっていることが在学中も卒業してからもほとんど変わらないし、 コンピュータに向かっている時間もたいして変わらないと思うのだけれど、 何が違うのだろうか。 そんなことを思いながらUHのキャンパスを行き来する人々を眺めていたのだった。

学生の頃はそのゆったりさ加減が少々退屈で、 いろいろ他のこともやっていたものだ。 それで結局望んだ通りの職場に来たのだから、 今はあの頃に戻りたいとは全然思わない (10年近く大学にいたしね)。 けれど、現場にどっぷりと漬かってみて見えてくる あのゆるやかさの良い点というのもあるように思える。 いくら走るのが楽しくても、ずーっと走っていると疲れることもあるだろうし、 他のことを見落としてしまうこともあるかもしれない。 そんな時が来たら、大学のゆったりした時間に漬かって立ち止まってみるのも 良いだろう。

日本の大学がそういう場になるには、 もっと社会人と学生との境界線が薄くならなきゃだめだろうな、 ともちょっと思った。

1/19(Mon) Hard Rain

本日はMartin Luther King Jr day. 州によって休みだったり休みでなかったりするのだが、 ハワイでは公共機関も学校も多くのオフィスも休みだった。 だがなぜかうちの会社はワーカホリックばかりなので開いているのであった。 ちょっと遅いランチ (4:00pm、でもランチ) を取りに外に出たら、 ダウンタウンのオフィス街は軽食の店は言うに及ばず、 弁当屋やMcDonaldやSubwayさえも閉まっていて途方に暮れる。 ひもじいお腹をかかえてとぼとぼと、 観光客が多いエリアまで歩いて行ってようやく開いているMcDonaldを 見つけたのだった。

まあそんなでも仕事の方はなんとかデモができたし、 そんな働いてばかりいると頭が凝ってしょうがないので、 適当にかたづけて昨日観損ねた"Hard Rain"を観に行く。 最終上映にぎりぎりセーフ。

しかし映画の方は、うーん... という出来。 予告編を観て結構期待していたのだけれど。 大雨による大洪水に見舞われたアメリカの田舎町を舞台とする 現金輸送車強盗事件。 洪水のシーンは迫力があるし、画もところどころ綺麗なんだけど、シナリオが... ずーっと同じ調子で2時間半押しまくるのはちょっとつらいんでないかい。

密室 (あるいはそれに類する状況) でもって、水位がどんどん上がってゆく、 ああどうしようーって状況はありがちなだけに、 使いどころが大事だと思うのだ。(そういや "Titanic" にもあったな)。 それより、せっかくモデル作って大量の水流して撮ってるんだから、 様々な人間の思惑を、悪いのも善いのも含めて一切合財飲み込んでしまう自然、とか、 その自然の前に無力な人間が追い詰められてどう行動するか、とか、 そういうところで面白くなりそうなネタはたくさんあると思うのだけれど。 まあ監督がやりたかったのは別のことなのでしょう。 でもMorgan Freeman、あれじゃどう考えてももったいないと思うけどなあ。

ところで予告編で "Sphere" という映画のがあったのだが、 Dustin Hoffmanが出ててSci-Fiっぽい感じでちょっとそそられたのに "Coming this Christmas" だって。 そんな先のこと言われても忘れちまうぞい。

1/18(Sun) 英会話上達法

うむう。Morgan Freemanの出ている新作 "Hard Rain" を観に行こうと 思っていたのだが、仕事ではまってしまった。結局2:30am。 月曜にデモするって公約しちゃったからなあ。 終りが見えているだけにずるずるずる。

ところで、各国人混じった中で会話をしていて、日本人のふるまいで気になること。 これがそのまま英会話上達法の反面教師になってるような気がする。

これらをやっている限りおそらく会話のスキルは上達しないだろう。

要するにコミュニケーションの道具なのだから、 コミュニケートすることが第一目的。 曖昧に笑って分かってんだか分かってないんだかはっきりしなかったら、 その時点でコミュニケーションが成り立たなくなる。 恥ずべきは語彙の少なさでも発音の悪さでもない。 それはネイティブじゃないんだから当り前。 コミュニケーションのルールはそれ以前にある。 自分が逆の立場だったらと考えるとわかりやすい。

面白いのは、コトバが拙いと言い回しでごまかすことができなくなるから、 自然と本音対本音のつき合いになること。 人格とは言葉で説明するべきものではなく、 行動で自ずから明らかになってしまうものだ。 自分の人格が誇れるものだとは思っちゃいないが、 かといって隠しておいても仕方無い。自分は自分でしかないのだから。 外国語でコミュニケートするとき、そこがスリリングで面白いのだ。

1/17(Sat)

下の階からピアノの音で苦情が来てしまった。 今のアパートは、普段住んでいて隣や上の音を聞くことが全く無いので 結構安心していたのだが。ううむ。

夜、友人宅のパーティに行く。Hawaii Kaiの丘の上の巨大な邸宅。 8 bedroomでそれぞれのbedroomに洗面所付き、庭にはプールとジャグジー。 キッチンもメインとサブと二つある。 ベランダから見るHawaii Kaiの夜景が美しい。 その広い家を8人で借りてシェアしているのだ。 値段は聞かなかったけど、月$4000としても一人あたり$500、悪くない。

こちらでは大きな家を何人かで借りてシェアというのは珍しくない。 ルームメイトも最初から友人というわけではなく、新聞などで募集したりする。 私もあまり苦情が出るようだったら、ピアノOKのそういう家を探すしか ないだろう。

1/15(Thu) 帰国子女問題とか

東京圏では昨日も雪だったそうで。 近年これだけ東京で雪が降るのは珍しいんじゃないかな。 と言っても、自分が小学生くらいの頃は東京でもかまくらを作った覚えがあるので 昔は結構降っていたと思うのだ。 それとも、子供の頃は雪が降ればそれだけで楽しかったので、 強く記憶に残っているだけかもしれない。

ところで、こんなページ を見付けた。いわゆる帰国子女の問題を扱っているページである。 親の転勤などで外国で一時期を過ごし、学齢期に日本に戻って来たとき 日本の教育制度に適応できない、という問題である。 もちろん私はふとしたはずみで海外で暮らすようになったとはいえ、 既に長じてから移ったわけで、文化の違いをおもしろおかしく体験することはあっても identityの所在に悩むことはない。 したがってこの問題も、どちらかというと外側から眺めるような 無責任な言い方になってしまうのだが、 日本という社会のある断面が見えるようで興味深い。

ちゃんと論ずることができるほど材料を持っているわけでもないのだが、 紹介された事例、体験、意見もろもろを読んでいくと、(1)成長期に全く異なる 文化を体験することによるidentity crisis、という一般的な問題と、 (2) 受け入れ側(日本の学校)での「異物排除」や「欧米コンプレックス」といった 特質からくる問題、とが絡み合っているようだ。 前者は(深刻さにかなりの幅はあるものの)多かれ少なかれ誰でも経験すること なのだが、後者の問題の存在が話をややこしくしている。そしてそれは 現代の日本社会の根っ子のところにある問題のように思えるのだ。

私自身は、東京で生まれ育ち、一般的な公的教育のみを受けてきたのだが、 周囲からは「変わったヤツ」であるというフィードバックをもらいつづけてきた。 にもかかわらず、自分が変わり者だと思ったことはないし、 identityについて悩むこともさほどなかった。 というのも、私から見ればこの世に「普通の人」などいなかったからである--- 親友のA君はA君だし、ちょっと苦手なB君はB君だし、全ての人は個人として 自分とかかわりを持っていたからだ。 「普通の人」という概念が無いのだから、 自分が人と違うなどと悩むこともない。

私にとっておそらく非常に好運だったのは、 私自身の「個性」が日本の教育の「モノサシ」にきわめて合致した形で 現れていたからであろう。要するに成績が良かったのである。 「おまえって、勉強できなけりゃ絶対いじめられてたよ」と 言われたこともある。 競争に勝つために勉強してたわけではなく、 好きだからできたというだけなので、さほど厭味がなかったのかもしれない。

自分の方向と社会のモノサシがたまたま一致していたために、 好きなことに好きなだけ没頭することが許容されたし、 自分自身を主張することが受け入れられた。 そのおかげで、 私は私の「居場所」を世間の基準に求めないでも済むようになったのである。

もし自分の個性が他の方向に向いていたら、 それはさほど容易ではなかったに違いない。 現在の日本の教育の不具合のひとつはおそらく、 このような好運に恵まれる確率は極めて少ないというところにある。 なにしろモノサシがひとつしかないのだ。

自分の中に自分の居場所があれば、執着を手放すことができる。 執着が手放せると、周りをゆっくり観る余裕ができてくる。 そこからようやく、異質なものを受け入れる寛容さも、 失敗を恐れぬ勇気も生まれてくる。 ゆとりある教育とは、単純に学校を土曜日休みにすることではない。

このへんはそのうちきちんとまとめて文章にしたいのだが、 ここでは論点が発散してしまいそうなのでまた次の機会にしよう。

1/14(Wed) Pixar訪問

昨日午後からtechnical&business meetingのため サンフランシスコに出張で、今帰って来たところ。 ホノルルからは片道5時間のフライトだが、国内便だし、 この業界では商談するにもスーツは要らないので気楽である。 ただあまり気楽過ぎて昨日いつものようにサンダルで出社してしまった。 さすがに靴くらいちゃんと履いていたほうが良いだろうと思い直し 一度アパートに戻って出直す。 向こうは雨だったので履き変えておいて正解であった。

訪問先の会社はBerkeleyにあるのだが、今日午前中が空いていたので せっかくだからとRichmondにあるPixar社を訪ねて来たのだった。 "Toy Story" を作ったところ、と言えば大抵の人にも分かるだろうか。 コンピュータグラフィクス業界では老舗である。 エントランスを入るといきなり "Tin Toy" で受賞したオスカーが飾ってある。 うーん、欲しい。

受け付けで渡されるvisitorの名札に、Pixarの宇宙人のキャラクターが あしらってあって、 "A Stranger From the Outside!" と言っているのが 楽しい。中も、平屋の広い建物に個性豊かなオフィスが並んでいる。 ところどころにハンモックが吊ってあったり、 プールテーブルが置いてあったり、 でかい犬 (本物) がのし歩いていたり、 迷路のような内部の廊下には全てstreet nameが付けられていたりと 遊び心満載である。 うちももっとオフィスで遊んでいいなとか思いつつ、 いろいろおみやげをもらってRichmondを後にしたのであった。

1/12(Mon)

今CNNでカリフォルニアのtoll wayについての話題をとりあげていた。 こちらの高速道路、freewayは無料だが、カリフォルニアでは交通渋滞緩和のために 一部の路線で料金制が導入されている。それについての賛否両論。 反対派は "Tollway is a political version of highway robbery" と手厳しい。 日本の高速道路の料金を聞いたら腰を抜かすぞ。

「作るときに税金使ってるのになぜまた料金を取るのか」との意見も。 こっちの連中は税金は市民のものという考えが非常に強い。 公共サービスに文句を言うとき必ず「俺達はtaxpayerだぞ」と言う。 税金が高いだけに意識も高くならざるを得ないのかも知れぬ。 日本も所得税を35%くらいにしたらもちっと政治への関心が高まるかも。

最近映画を観ていないのは、こないだ日本で買って来たRPG、 "Linda3 again" をやっているせい。あまり時間がとれないので まだScenario Aしかクリアしていないが、こいつはおもしろい。 ゲームクリアのための作業とシナリオとが別になっているため、 シナリオに引っ張り回される感じがない。 チョコボも買ってきたんだけど手付かず。

1/11(Sun) 徹夜に弱くなった?

先日新しいLinuxシステムに日本語環境をコピーしようとして、 うっかり日本語エディタを消してしまった。 しばらく更新していなかったのはそのせいである。

前回「時差が...」とか書いたが、翌朝はしっかり起きられたので、 どうやら単に夜更ししたせいだったらしい。 しかし金曜締切の学会の仕事があったので、 木曜夜は午前1時頃に退社した後、徹夜するはめになった。 どういうわけか翌朝のホッケーはやたらに調子がよかったのだが、 そのあと猛烈な睡魔に襲われることに。 7時頃に退社して夕飯も食わずにベッドに直行、 翌日昼まで寝続けるも、頭痛に悩まされる。 (頭痛の方は、変な姿勢でディスプレイを見続けていたせいだと思う)

ほんの2年くらい前までは数日の徹夜など平気だったのに、 確実に年をとっているということなのだろうか。やだなあ。 そろそろ仕事の遂行時間の見積りに徹夜を組み込むのをやめるべきかもしれない。 3足も4足もわらじを履いていた頃は、 同時に締切が来るとやむを得なかったのだが、 そういう生活をして「タフだねえ」と言われて喜んだりしていたものだ。 ただの馬鹿であった。 たとえ3時間でもちゃんと寝たほうが良いのである。

ところで、頭痛のほうの原因となったディスプレイだが、 ようやくPC机が完成したので床にべろんと広げてあったPCをまとめて移す。 ちゃんと座って視ると楽なことこの上ない。 これまで仮置きだったTVの場所も定まり、大工道具の置場も定まり、 部屋の整理がついてきた。 だが溢れ出している本をしまう場所が無い。次に作るのは本棚か。

1/6(Tue) やっぱりLinux

時差が直らない。今まではあっという間に順応していたのだが。 7〜8時間ずれる東京・ロス間に比べて、 中途半端な時差(5時間)が却って順応を妨げるのだろうか。 昨夜も結局明け方近くまでなんだかんだと過ごし、起きたら昼の12時であった。 まるきり日本時間である (夜1時〜朝7時に相当)。 昨日の嵐が嘘のように陽がさんさんと照っている。なんか損した気分。

オフィスにのこのこと出かけたらホッケー仲間のジョーよりメイルが。 「もう帰って来たんだろ、もちろんプレイするよな」。へいへい。 明日7時に起きられるだろうか。

日本に帰省した時にSCSIのHDDを買って来たので (日本で買う方が かなり安いのだ)、PCに取り付けLinuxをインストール。 ネットから落すのはめんどくさかったのでRedHatのCD-ROMを買って来たのだが、 あまりにあっけなくインストールできてしまったのでびっくりである。 Linuxだとネットワークまわりの設定もらくちんらくちん。 これでWin95はウルティマ専用OSとなってしまうのだろうか。 386BSDのversion 0.1をインストールした頃は... などと遠い目をして 言うのはやめておこう。

附属のウィンドウマネージャを立ち上げたら画面デザインが Win95そっくりに作ってあった。fvwm95のデフォルトなのかな。 うーんジョークならいいけど普段使うのはちょっとやだなあ。 あとで変えるべし。

1/5(Mon) 嵐のホノルル

昨日は明け方に空港に到着、 一日あるから時差に順応できるかと思ったのだけれど、 アパートについてちょっと横になったらそのまま夜まで寝てしまった。 その後明け方近くまでごちゃごちゃやってて、今朝起きるのがとても辛い。 でも良く考えたら休暇中も毎晩飲み歩いて午前様だったのだから、 そのまま日本にいても同じようなものだったかも知れぬ。

そうそう、成田からのフライトが、 正月で混んでいたせいかエコノミーのチケットにもかかわらず Executive classのシートが取れてとても楽だった (一番前!)。 最近はJALでも完全にフラットに倒せるシートがあるのだと知る。 あれは良い。でも次にそんなシートに乗れるのはいつになることやら。

眠い身体に鞭打って初出勤。 ホノルルは雲が低く垂れこめ嵐模様。 一時は向かいのビル以外何も見えなくなるほど激しく雨が降り、 新築のはずのうちの会社のビルの28, 29階では雨漏りが。 最上階の31階が平気なのに不思議なところだ。 横から激しく吹き付ける雨に弱いのかも知れぬ。 かと思うとその30分後には日が射したりして、 まことに気まぐれな天気であった。

1/2(Fri) Brassed Off

イギリス映画 (邦題「ブラス!」)。母親がやたら勧めるので観に行く。 炭鉱の労働者からなるブラスバンド。 全英コンクール決勝進出の喜びも束の間、炭鉱の閉山が決定される。 音楽は崇高なもので他を犠牲にしても極めるべき、と言うのは格好良いが、 生活あってこその音楽である。 では生活が苦しいときはそういうものは捨て去るべきなのか。 簡単に答えは出ない。

家族を養うことか音楽か、闘争か趣味か、労働者側か使用者側か、 様々な葛藤に板ばさみになる葛藤を映画は身近な人々の悩みとして描く。 人々が等身大に描かれているだけに説得力があり、何よりそれら人々の中にある 「強さ」---決してヒロイックではないが、逆境を生き抜いて行く強さ---が、 重いテーマにもかかわらず映画を明るいトーンで覆っている。 大切なことは何なのだろう。職か、音楽か、家族か、労働者の団結か、恋人か。 そういったものを越えた何かがこの映画では示される。 いい映画であった。

こういうのを観ると、量産されるハリウッド映画との質的な違いを感じる。 例えばメディアの狂気を描いた"Mad City"も 労働者Samがより等身大に描かれていれば説得力を増しただろうにと思ってしまう。 比較すべきものではないのかもしれないが。

"I thought music mattered, but I realize people matter."

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Shiro Kawai
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