1997年12月

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12/31(Wed) 残滓

帰国してから、昼に病院に行きばあちゃんに昼飯を食べさせるのと、 夜友人と飲み歩く以外はひたすら部屋の整理をしている。 ばあちゃんが退院したらベッド+車椅子生活になるため、 実家を大改造するのだ。私の部屋は無くなる。

2年近く前、スーツケースひとつでロスに移った時、 自分の物は全て部屋に置いていった。 部屋に残った大量の品々は、この2年間の生活ではからずも「無くても困らないもの」 であることが立証されてしまったわけで、 捨ててしまっても一向に構わないはずなのだが、 いざとなるとどうしても捨てられないのが作ったもの。 芝居の台本やいろいろな記録、電子機器、本棚。

なかでも個々のICから買い集めて作ったPCは最後まで迷った。 回路設計から始めて、配線を一本一本半田付けし、 BIOSを手動でROMに書き込んだPCである。 外函には拾ってきたオーブントースターのシャーシなどを利用している。 ずいぶん時間を費やしたし、ハードウェアの勉強にもなった。 だが今となっては無用の長物である。思いきって廃棄。

物が無くなっても、過去が無くなるわけではない。 自分が今いる位置が、自分のこれまでの人生だから。

12/29(Mon) もののけ姫

観て来ました「もののけ姫」。 いろんな評判はネット越しに聞こえて来るし、 Taiwaneseの友人が帰国したとき観て来てよかったよかったと言うし、 とにかく観たくてたまらなかったのだ。

で、わたし的にどうだったかというと。 脚本、演出、美術、動画、音楽、非の打ちどころなし。 多くを語る必要もなく星5つ。今回の滞日中にできればもう一度観にゆきたい。 悔しいけど。

そう、渋谷で観終わった後、ずーっと考えながら駒場まで歩き、 電車に乗ってもずーっと考えていた。 クライマックスまでの一連の、息をもつかせぬ展開はもう何も文句なし。 だがその後にくる短い結末部。 あまりに優等生的な解答なのである。 きれいすぎていちゃもんをつけたくなるのである。 だがいくら考えても、やっぱりあそこに行き着くしかないことに 気付いてしまうのである。 だから悔しい。

生きることの業(ごう)、不条理性をいかにして超克するか。 カミュは情熱でもって不条理の荒野を生きてゆくことを宣言し、 手塚治虫はどうにかして未来への希望を示そうとした。 宮崎駿は、そこをあっさりと飛び越し、 分かっているけど認めたくない結論を穏やかに微笑みながら口にするのだ。 そう、別に力む必要もなければ、他のものにすがる必要もない。 答えは既に自分の中にある。 自分がアシタカなら、やはり最後にはああ言うしかない。 この映画はしかし、喉もとに刃を突き付けて、それを自覚することを要請する。

20世紀の終わりに、すごい映画を作ってくれた。

12/26(Fri) 帰国

10ヵ月ぶりの日本は寒かった。

東京の街を歩き、電車に乗る。 ホノルルやLAとは全く異なる風景。 20数年暮らした東京の風景は自分の中にすっかり刻み込まれている。 しかし、現在の私にとっての日常のリアリティは米国での生活にある。 二つの異なるリアリティの狭間で、 タイムマシンに乗って過去に戻って来たような、 鏡の国に迷い込んだような、めまいにも似た感覚を覚える。

帰りの航空機と電車の中でKingの "Dark Tower IV" を読み切る。 これまでの伏線のいくつかが解決されたが、再び新しい謎が。 感想はおいおいまとめてKingのページのほうに。

12/24(Wed)

昨日のNBC Datelineで放送された "Making of Titanic" を同僚がビデオに 撮って来たので昼時に皆で観る。
"It is crazy".
実際のTitanicの90%の大きさのモデルを巨大な水槽の中に実際に作り、 沈没のシーンでは巨大なクレーンで船を実際に傾けてゆく。 垂直に立った甲板をころげ落ちて行くのは皆スタントによる実写。 確かにミニチュアやCGではあの迫力は出せないだろうが、 だからといってほぼ原寸大のTitanicを本当に作ってしまうのは凄すぎ。 金をかければいいものが出来るとは限らないが、 金をかける必要がある場合というのはある。 全ては「何を見せたいか」から導かれるべきで、 それに必要なら金に糸目はつけない、というのが理想なのだが。

日本から見ると一日遅れのクリスマスイブ。 Contractorとして一緒に働いているLの友人が 休日を利用して来ているので、皆でクリスマスディナーを食べに街に出る。 東京でも商店街などでクリスマスイルミネーションは派手だったと思うのだが、 こちらのイルミネーションが綺麗に見えるのは、多分他の部分が暗いからであろう。 ワイキキは別として、こちらは商業地域であっても、もともと派手な看板等を 表に出してない上、道路の照明もナトリウム灯のようなオレンジ色のものが 主体なので、とりわけイルミネーションが映えるのだ。

さて、明日より1/4まで東京に帰省するため、 日記の更新はしばらく停止することになりそうである。 休み中にACMの某カンファレンスの査読委員の仕事も片付けなければ ならないのだが、良い気分転換になるか。 ノートPCは持って帰り日記自体はつけ続けると思うので、 また新年にお会いしましょう。

12/23(Tue) 設計ミス

今年のうちの会社の休日はクリスマス休暇12/25, 26及び正月休暇1/1〜3。 12/29〜31は要出勤日なのだが、うちのdivisionのほとんどの人は休みを取るので 11連休。 さらに裁量労働制を活用すれば、やるべき仕事を今日 (ホノルルはまだ12/23) 中に 終えておけば12/24は朝に一瞬出勤してすぐ旅立つ事も可能とあって、 今夜は妙に浮き足だった人々が熱心に残業している。 祖国へ帰る人あり、Maui等に旅行する人あり、いろいろである。 (但し、もうすぐアップ予定の某タイトルのチームはこの限りではない。 身体を壊さぬよう頑張って下さい)。 自分もついつい「あともう少し」と仕事をして、気がつくと23:00過ぎ。 しまった。今夜は007を観ようと思っていたのに。

一昨日から毎晩すこしづつ、PCを置くための机兼作業台を作っている。 私のアパートにある数少ない家具はどれも木製で 木目を自然に仕上げたシンプルなやつなのだが、 市販のPC机はごてごてしすぎているかあまりにオフィス風なのしか 見当たらなかったのだ。おまけに電子工作の作業台にするにはある程度の 広さも必要である。というわけで机製作開始。

木工が好きになったのは親父のおかげである。私が小学〜中学生だった頃、 公務員をやっていて時間に余裕のあった親父は、近所の銭湯 (そう、あの頃は まだあちこちに銭湯があった) から材木を譲り受けてはいろいろなものを 作っていた。借家ながら一戸建てに住んでいて、古いためかかなり自由に 改装ができたので、親父は日曜大工で縁側の改装にはじまり、渡り廊下、 果ては部屋を一つ増築してしまったのである。 ほとんどが古材の流用なので古釘などがたくさん刺さっているのを、 おふくろと二人でひいひいいいながら抜いたものである。 親父のでかいものを作る意気込みは良いのだが、 しばしば図面ときちんと照らし合わせないで現物合わせで作るため、 壁板に継目ができてしまったり窓枠が歪んでサッシが入らなかったりした。

昨夜もそんなことを思い出しながら、 部分的に組み上がったのを見て一人にやにやと悦にいっていたのだが、 今朝出がけに衝撃の事実に気付く。 最も幅狭の部分が45インチ、アパートの玄関のドアの幅が36インチ。 現在の設計では大きすぎて、完成した暁にはアパートから搬出不可能ではないか。 急遽設計変更。 出来上がる前に気付いたのがせめてもの幸いか。 いいかげんなところもどうやら親父譲りのようだ。

12/21(Sun) Titanic

もう来週帰省するので、本年最後のビーチを楽しんできた。 島の西部、Makahaの静かなビーチは波もちょうど良く、 泳ぐにも、波に乗るにも、また木陰で昼寝するにも最適であった。 帰りにWaikeleのアウトレットモールで木材を買い込んで来る。 PC机と作業台を作るのだ。だが出来上がるのは来年になりそう。

さて、遂に観て来ました "Titanic"。 James Cameronによる3時間超の大作。 もう予告編だけで感動して、期待を膨らませて楽しみにしていたのだ。 そして期待に違わず、Cameronやってくれました。

凄い。 3時間画面に釘付けになり、笑ったり泣いたり口をあんぐり開けたまま 見入ったりしてきた直後なので、うまく言葉にできないのだけれども、 とにかくどこが凄かったか書いてみる。

Titanicの上で、金持ちと婚約した令嬢が無名の画家と恋に落ちる という舞台設定だけで十分ドラマになるのだけれど、 そういう設定の利に全く溺れず、物語を細かなディテールまで しっかりと描いているのがすごい。 ほんの数カット登場する人物の描写までちゃんと画にしている。 ただのメロドラマにしていたら、3時間は到底もたなかったであろう。 極めて大きな設定の中で、歴史の影に埋もれた群像劇を描いているという点では 映画ではないがLes miserablesを思い起こさせる。

そして、Titanicの巨大さを余す所なく再現したVisual Effectsが凄い。 Compositingは完璧ではなく、まだ合成とわかるところがあるにせよ、 このレベルにまで持って来るのはとにかく凄い。 Titanicを船頭から船尾までなめるシーンが数多く出て来る。 その中でうろうろしている人間像はCGだと分かるが、 それでも1カットたりとも手を抜いていない様子が伝わって来る。

パニックの描き方もすごい。 刻々と迫って来る水の迫力をひしひしと伝えて来る。 時間的にかなり長いパニックの場面だが、 人間がよく描かれているのと音楽と画のバランスが見事で 完全に没入させられてしまう。

Leonard DiCaprioとKate Winsletの演技もすごい。 DiCaprioは期待通りってところだが、 それにきちんと答えているWinsletはかなりのもの。 Cathy Batesの存在感も相変わらず。 あと年老いたRose (役の上では101歳) を演ずるGloria Stuartもなかなかである。 imdbを 見たら1932年から出演歴があるぞ。

これは、もう一度観に行かねばなるまい。そんな映画だ。

"Promise me, you won't give up, no matter how hard it is, no matter how it seems hopeless. Promise me!"

12/20(Sat)

昨日は日記を書いた後、会社のクリスマスパーティ、 その後皆で踊りに行き、3:00am頃まで遊び回っていた。 夜遅くまで人通りが絶えないと思われるワイキキもさすがにその時刻になると 道にいるのは「ネエ、アソビマショ?」と怪しい日本語で声をかけて来る お姉さんばかりである。 あの時刻で客が見つけられないということは一晩中街角に立ってるのだろうか。 楽な商売ではない。とはいえ、協力してやる気もしない。

本日はおとなしく、洗濯をしたり本を読んだりして過ごす。 Kingの "Dark Tower IV" 約700ページのうちようやく450ページ付近まで達する。 彼の作品はだいたい前半は非常にゆっくりとしたペースでディテールを 積み重ねて行き、後半1/3で一気にカタストロフィに突入するのだが この作品も例外ではなさそう。まだ事件らしい事件がほとんど起こっていない ものの、ここまでで登場人物達の生活のディテールは頭にたたき込まれており、 いよいよ運命の日に向かって緊張が高まっていっているところである。

"Dark Tower" シリーズはKingが自らのライフワークと位置付ける長編で 最初の章は20年近く前に書かれたという。 第3巻までで出現した多くの謎がこの巻では明らかにされそうだ。 主人公Rolandのいる奇妙な世界---中世風でいて、 しかし「遺跡」には高度な文明の跡が残る---と我々の世界の関係、 また、Rolandの心を今でも苛む過去の思い出等々。

東京で電車通学/通勤していた頃は700ページのペーパーバックなら だいたい3週間程で読んでいたように思う。 今は本を読む時間を意識的に取らないと読めない。 Dark Tower IVも結局2ヶ月くらいかかりそうだ。

12/19(Fri) 白タク in Los Angeles

Web日記のリンク集日記猿人 のほうで、白タクの話題がちらほら出ていたのでふと思い出した。 私も白タクに乗ったことがある。夜中過ぎに、一人で、ロスアンゼルスで。 危ない目にあったわけではないが、参考までに記しておこう。

その日私はアトランタでの出張からの帰りで、 ロスアンゼルス国際空港でタクシーを待っていた。 着陸後何かトラブルがあったのか、荷物が出て来るまで 2時間程待たされたせいもあって、既に夜の12時を回っていた。 アトランタ時刻では夜3時に相当する。 かなりぼおっとしていたのであろう。

"Taxi?" と痩せた白人の男が声をかけて来たのはその時だ。 "yes." その男は荷物を持ち上げるとすたすたと歩きだした。 乗り場からちょっと離れて行くので変だなと思ったら、 とまっているのは普通の車。 ここですぐに引き返すべきだったのだが、 「まあちょっとした小遣い稼ぎにつきあってやってもいいか」 などとわけわからないことを考えて乗り込んだのである。

後部座席に乗り込んでふと前を見ると、 運転席には屈強な黒人が座っているではないか。 こりゃまずいかも、と思う間もなくさきほどの白人が助手席に座りGo。 とりあえず男だからレイプなどの心配はない、いやまてここは西海岸だ、 ひょっとして後ろの貞操の危機か、などという内心を悟られぬように、 またいいカモ(何も知らない日本人)だと思われぬよう世間話を一生懸命して 現地人ぶりを示す。現地人はそもそも白タクなぞには乗らないのだが。 良く喋る白人の方に対してはこいつになら勝てそうと思うのだが、 黒人の方は黙って運転していてたいそう気味が悪い。

当時私は空港から車でほんの10分程の所に住んでおり、 道の向かいには24時間営業のスーパーマーケットがあった。 自宅のアパートメントにもセキュリティが常駐しているのだが、 自宅を知られたくないのとメインストリートを外れたくないのとで 「ちょっと買物があるから」とスーパーマーケットにつけさせる。 「本当にここまでで良いのか、自宅まで乗せてくぞ」という熱心な誘いを遠慮し、 車を降りる。さてここからが勝負だ。

「65ドル」案の定ふっかけてきた。 ちなみに普通のタクシーではチップ込みで$16くらいである。 「そんなに高いわけがない」と言うと、
「タクシーは$16くらいだろうが、これはリムジンだから高いのだ」という。
「この車のどこがリムジンだ」
「専門の運転手が付いている」
そんな理不尽な、というベタなギャグが彼らに分かるわけもないし。 最初に白タクと分かって乗ったのは自分なので多少高くても仕方ないにせよ、 $65は無茶苦茶だ。第一、現金は$50くらいしか持っていなかった。 あせりを見せないようにして値切りモードに入る。

議論の秘訣は自信を持ってはっきり喋ること、 そして味方をつけることである。 私は極力声に冷静さを保ちながら、 スーパーマーケットから出て来る人々を次々と呼び止め熱弁を振るった。 「彼らはこれがリムジンだと主張し、$65を要求している。 私にはこれがリムジンには見えない。あなたはどう思うか」
次第に人だかりが出来てきたのを見て相手も旗色悪しと思ったのか、 値段を下げてきた。 最終的に$25で決着。 疲れていたし、まあ勉強代である。

しかし後から考えて、これは幸運だったと思っている。 相手が銃を持っている可能性だってあったのだし。 空港から当時のアパートメントまでの地域はロスアンゼルスの中でも かなり安全な地域で、それ故の油断だったのかもしれぬ。 ちなみにさらに10ブロック程進めば危険地帯に突入、 そこではその数ヵ月後にギャングと警官隊の銃撃戦があったりしたのだ。 というわけで、決して真似をしてはいけません

12/18(Thu) イライラするのは良い機会

帰国まで一週間を切った。 それまでに終えなければならない仕事が山積。

何故かミーティングもやたらにたくさん入って来る。 通訳がついてもらっているので非常に楽なのだが、 今日は言いたいことをはっきり言わない発言者に苛々。 だが、苛ついた時が自分のやりたい事を知る良いチャンスなのだ。

で、内省。今日はなーんで苛ついたのかなーっと考える。 どうもへたくそな議論につき合いたくないというのが本音らしい。 自分の言いたいことは素直に言わず、 誤解を恐れたり、対立を恐れてまわりくどく説明するという思考回路がわからない。 さらに根本をたどると、誤解とか対立と言った表面的な(と私は思っている)事に とらわれているのは時間の無駄とさえ思っている。

まず目的がある。 で、全ての事象はその目的の実現にとって便利か不便かという問題になる。 全員に共通の目的にとって不便なものは変え得るなら便利なように変えて行けば 良いし、目的が異なる場合はどこかに妥協点を見つければ良いだけの話。 誤解や対立が目的の実現のために不便なら解消すれば良いし、 そうでないならほおって置けば良い。 目的がはっきりしないのに誤解や対立をどうこうしようというのは ナンセンスなのである。

...というふうに私は考えているようだ。 そういう、私にとってどうでもよい事に時間を使うくらいなら もっと目的に沿った事に時間を使いたい、と思っているのが イライラした原因。というのが本日わかったこと。

12/16(Tue)

今日は久々に持ち帰り仕事があるので雑多なことを手短に記す。オチなし。

左手小指を痛めたかも。 ひどく痛いというわけではないがなんかキーボードを打つと気になる。 原因はデジピとアコピのタッチの差だと思う。 平日はデジピで稽古していて、 休日にアコースティックを弾くのが最近のパターンなのだが、 やたらに鍵盤が軽いデジピで変な癖がついてしまったらしい。 一昨日がしがしアコピの方を弾いてからちょっと変になった。 アコピの方がちょっと重すぎるのかなあ。 弾き慣れるとわからなくなるものだ。 調整してもらうべきだろうか。

NYに居る友人Bradの友人という人がハワイに来ており 会社に電話をくれたのだが、生憎会議で席を外していた。 Voice mailを聞いたのだが肝心の名前がよく聞き取れない。 ホテルに電話をくれと言うのだが、ホテルに電話して聞いてみても そんな名前の人は泊まっていないという。 電話というのは相変わらず苦手である。 対面なら簡単に聞き取れそうな単語も電話の音質のせいか聞き取りにくい。 いや、Bradの友人という人は日本人だったのだが。 日本語の聞き取り能力が落ちて来たか。 それとも単に耳が悪くなっただけか。

あ、そうそう、書き忘れていた。 先週土曜のnoodle partyで日本の友人がわざわざ送ってくれた 「麺 in Black」のカップ麺を出したのだった。 怪しげなパッケージに真っ黒な麺、日本語の「麺」とMenとのしゃれを 説明したらたいそう受けたのだが、実際に箸をつける勇気があったのは 日本人と韓国人だけであった。 うーむどうしたイラン人とメキシコ人とイタリア人とアイルランド人。 もっとも彼(女)らはカップ麺というもの自体に馴染みが薄いようなので仕方ないか。

12/15(Mon) ベジタリアンという生き方

日本では、ベジタリアンだという知人は皆無では無いにせよ 極めて珍しかった。だがこちらでは大勢招いてパーティをやるときには必ず ベジタリアンメニューを用意しなければならない。 2〜30人寄れば、その中に1組くらいベジタリアンがいても不思議ではない。

ベジタリアンと言ってもいろいろで、どこまでを食べて良いものとするかは 人それぞれである。今の同僚のベジタリアンカップルは魚は食べるが、 その他の一切の動物の肉、乳製品、卵などは食べない。 そういう生き方を選択する理由というのも人それぞれなのであろうが、 私が会った人々は全員健康を考えてのことであった。

私はベジタリアンではないし、 彼らの主張に全面的に賛同は出来ないにせよ、そのコミットメントの 深さには敬意を持つことを禁じ得ない。 なにしろ、自分がこれまで食べていたある種のものを、 これから死ぬまで口にしないと決意するのだ。 コミットメントに「やっぱやめた」というのは無い。 戻れない一線を越えてしまうのである。

しばしばある誤解は、そのような生き方の選択を 趣味だとかたづけてしまったり、 思い込みによって自らの自由を制限していると考えてしまうものだ。 実際はそうではない。どんな生き方にせよ、それを選択するという行為は point of no returnを越えるということであるし、 自分の一生がかかった行為なのだから、趣味などではあり得ない。 そしてまた、人生の時間が平等に流れるものなら、自覚的に選択するほうが 無自覚なまま選択の機会を失ってゆくより遥かに自由であると言えよう。

かくいう私はいまのところ食事に関しては無頓着である。 本来、自分の健康に良いものは自分の体がわかるはずだし、 それがわからないようなら食事云々以前にどこかが既におかしくなっている と思うからだ。

12/14(Sun)

本日はホノルルマラソンの日であったらしいのだが、 昨日ハイキング+パーティで夜半過ぎまでわいわい過ごし、 家に帰って一杯飲んで寝て起きたら既に昼過ぎで、いつも通りの日曜日。 会社の同僚が出場するといっていたがどうだったのだろう。 芝居の稽古やったり自転車で走り回っていた頃なら、 時間はともかく完走はできたかもしれないような気もするのだが、 今は間違いなく無理である。 ホッケーもさぼりがちだし、ちょっと運動しないとやばいかも。

そんな意識からというわけではないが、昨日は久々にハイキングに行く。 Diamond headを見下ろす丘の中腹に住んでいる友人の家に集合。 そこから、歩いてほんの10分ほどで住宅地は途切れ、 細い一筋の道が森の奥へ伸びている。Mau'uma Ridge Trailである。 すこし登るといきなり視界が開け、そこからtrailは稜線をたどるように 伸びる。両側はかなり急な崖だが、高度を稼ぐにつれワイキキ、カハラ、 ダウンタウンの街並みが一望できるようになってくるのが気持ちいい。 植生もどんどん変化し飽きさせないし、 Guavaとか野苺が豊富にあるので食べながら歩くのも楽しい。 なにより地形が非常にダイナミックなのだ。 友人は覚えたての日本語「スゴイネ」を連発していた。

本日は家でおとなしくピアノ弾いたりLANのセットアップをしたりして過ごす。 LinuxにSambaとIP Masquaradeを入れサーバにしようとしているのだが、 Win95側の設定がまだよくわからない。 システム関係の設定はtrial&errorになるので本来ロールバック可能な データベースになっているべきだと思うのだが、 Win95ではGUIによる設定変更を簡単に戻す方法が提供されていない (あるいは知らないだけか)。 むしろ「全てがファイル」のunixならバックアップファイルなりRCSなりで 管理できるのだが...

12/12(Fri) ドライブは命懸け/For Richer or Poorer

米国で運転するのがおっかないのは、 免許を取るのが異様に簡単だから というだけではない。 車検というものが無きに等しい(*)この国では、 信じられないほどボロい車が平気でフリーウェイをばんばん走っているのだ (*: ハワイ州では年一回のsafety checkが義務づけられてはいる。 それとてごく簡単なものだ)。

同僚のS氏が極めて安価に手にいれた愛車がいつ廃車になるかが 現在社内の一部で強い関心を集めている。買って2〜3日で故障し、 1週間の工場送りになってからというもの、 「今日は車動いた?」というのが皆の挨拶代わりになってしまったのである。 その後も一ヶ所直せば別のところが壊れるという調子で、 既に買値の倍以上の値段を修理費につぎこんでしまったS氏だが、 こないだにこにこ笑って言うには、 「いやー、この前ついにブレーキが壊れましてね。 一杯まで踏み込んでも坂道を下れるんですよ」。 ...それは冗談の範囲を越えているぞ。

でも手がかかるほどかわいいってこともあるから、 もう離れられないのかもしれない。 (実は私も同乗したことがあるのだが、古いことを除けば見かけは なかなかなんである。)


本日は"Scream 2"の公開日だったのだけれど、ものすごく並んでいたので 観る気が失せる (こちらでは消防法の関係か、映画館の座席数分しかチケットを 発売しないので立見になることはない。だが良い場所を取りたいから皆並ぶのだ)。 で、観たのが "For Richer or Poorer" というコメディ。

予告編だけで全部読めてしまうストーリーに、くどい演出、悪いリズム。 お勧めっていう映画ではないのだけれど、 個人的にはなんとなく気に入った。なんか、撮り方が誠実。 "Home Alone 3" とかって、予告編しか観てないので云々するのは間違いかも しれないが、撮り方があざとい感じがしちゃってあまりそそられない。 それに対してこの映画は何か楽しい。 役者がいい顔してるし、楽しんで撮っているのがわかる。

ところで映画中に出て来たパロディ。
「この村やっぱり変よ。まるでChildren of the cornみたい」
ここで皆笑うってことは、それだけStephen Kingがポピュラーだって ことなんだろうなあ。そういえば "Ace Ventura" でも、"Shawshank Redemption" を使ったネタがあった。こういうところでKingのすごさを知る。 日本ではまだホラーは特殊なマニア向けジャンル扱いのところがあるのだけれど。

12/11(Thu) 心にヒマのある生物

ミーティング、迷走4時間。普段温厚なKさえイライラしだすし、 昨日寝てないSさんは切れかかって外に頭を冷やしに行くし。 議長兼通訳の私がまとめきれなかった面もある。 でもどこにポイントがあるのかわかならい話を延々とされると やっぱり訳せないのであった。 これは多分、文化の違いなどではない。単純に運営 (狭くは今回のミーティングのみ、広くはプロジェクト全体) の問題だ。 ブレーンストーミングででも無い限り、agendaを事前に通知し、 各自案を持ちより、目的を絞って議論する。会議のいろはだが、 改めて重要性を痛感。

「今日ミーティングで喧嘩しちゃったからな」以前、 陣中見舞がてら食事に連れ出した別チームの女性がふとこう言い出したのを思い出す。 「愚痴でごめんねー」などと言いながらしかし、 「でもちょっと客観的な意見を聞かせて」と尋ねて来るとき、 彼女は既にプロフェッショナルの顔をしていた。 こうなってくれるのなら、喧嘩のようなミーティングも悪いことではない。


怒ったりイライラしたり悲しくなったりっていう 日常的な感情の揺れのほとんどは、本人が好きでやってることだと 思っているので、よほど困らない限りは放っておく。 怒るのは怒りたいから怒ってるんだってこと。 自分が怒る時だってそうだしね。 そんな時ちょっと自分の心の中を覗いてみれば、 構って欲しいと思って怒ってたり、 自分の弱さが露見するのを恐れて怒ってたりして、 俺って結構かわいい奴じゃんとか思ったりする (ナルシスト?)。

いろんな感情を持つのは、心に余裕があるから。 だって本当に食うや食わずの生活してたら多分何も感じなくなる。 だから、どっぷりと感情の海に浸かるのは、一種の贅沢。 時にはそれに足を取られることもあって、 一人じゃ抜けられなくてどうしようもないこともある。 そしたらどんどん甘えればいい。周囲の人はそのために存在するのだから。 (でも甘え続けるのはルール違反。そこまでつき合ってられないよ。)

広大な感情の海でもがくのを止め、表面の波と戯れるのもやめ、 力を抜いて海面に浮かんでみる。 あらゆる深さのあらゆる感情が常に自分とともに存在するのを感じる。 誰かのせいで怒るなんてことはありえない。 その時その時で自分に都合のよい感情を引っ張って来ているだけ。 だが本当の感情の流れは潮流のように、深いところを止めようもない力で 流れている。人を本当に動かしているのはそういう流れ。創造の源泉。

「それは人間がヒマだからさ。心に余裕(ヒマ)のある生物、なんて素晴らしい」 岩明均の「寄生獣」にこんなセリフがあったな。 神がそう仕組んだか、自然にそうなったのか。 感情は人知を越えた何かからのプレゼントかもしれない。

12/10(Wed) もういくつ寝るとクリスマス

来月末締め (一応) の実験プロジェクトがあり、 既に仕事は佳境に入っているのだが、 2週間後に迫ったクリスマスを控えて皆そわそわと落ち着かない。 米国ではあまりまとまった休みというのが無い。 Thanksgivingの4連休を利用して旅行したり離れた家族を訪ねたりする人も多いが やはり年に一度の長い休暇がクリスマスなのだ。 街を歩けばきらびやかな装飾に "Happy Holidays" の文字が踊り、 顔を合わせれば「クリスマス休暇はどうするんだい?」という会話になる。

うちのプロジェクトは今年は結構ビッグな休暇が設定された。 クリスマスの日から週末までと、正月3ヶ日。間の3日間に休暇を取れば 11連休になる (本締切を控えている別のラインは休暇ほとんど無し。 うちのプロジェクトも再来年くらいはそうなるだろう)。 この休日設定は日本人スタッフへの配慮なのかも。 昨年のLAオフィスでは正月は元旦だけ休みだったから。

休暇が貴重な自分としては旅行にも心惹かれるが、 正月くらいは実家に戻って親孝行とばば孝行をするか。 このところ帰る度に何かしら便利なものを組み立てているのだが、 今年の年末はばあちゃんが車椅子生活に移行するために実家の大改造が 計画されている。大がかりな工作になりそうだ。

あ、そうそう。数日前に書いたクリスマスツリーの行方についてだが、 今日アパートメントのドアにチラシが挟まっていた。 「クリスマスツリーの処分について」。 枝を払って小さくまとめてアパートのゴミ置場に出しておけば リサイクル屋が持って行くそうだ。なるほどねえ。

12/9(Tue) ものを作る理由

日本の友達から小包が届く。中身はなんとMen In Blackのカップ麺だっ! 折しも今週末、仲間うちでnoodle partyをしようという話が持ち上がっているので 絶好のタイミングである。りゅうさんありがとー。

PCを組み立てて動いたのはいいが、机を持っていないので今の所 でろんと床に広げてある。使いにくいことおびただしく、 結局未だにLinuxノートをメインに使っている。 となるとモデムもノートの方に繋いであり、新PCから使うには 繋ぎ替えるかノートにIP Masquaradeを入れてLAN経由でアクセスするか。 そのうち新PCの方にもLinuxを入れて普段はそちらをサーバにしたいのだが、 まずはPCの置場が定まらないことにはどうしようもない。

先週末にPC机を探し回ったのだが、 機能性とデザインの要求を満たすものはついに見つからなかった。 工作の作業台も兼ねたいと考えているのでなおさら見つかりにくい。 手頃な杉材が安かったし、作ってしまおうかとも考えている。 どうしてもPCを使わなければならない状況にあれば そこらへんで$20-30の適当な机を買って来て済ますこともできるのだが、 こだわることが許される状況下ではこだわってみたいのだ。

PCとか、気に入った机とか、ゲームとか、映画とか、インターネットとか、 学歴とか、外国暮らしとか、専門知識とか、 結局のところ、無くても生きて行けるものだ。 いろいろな緊急事態、例えば会社が明日潰れるとか、 今夜大震災が起こって何もかも失うとか、 戦争が勃発して強制収容され食うや食わずの生活になるとか、 交通事故に遭って全身麻痺になるとか 想像して、現在の生活のうち何を捨てられるかを考えてみると、 自分の生活の多くの部分が遊びであることがわかる。 そしてまた、捨てられないものも見えて来る。 それは恐らくモノではない。 例え明日死ぬと分かっていてもやらずにはおれない何か。 それをしなければ自分が自分でなくなってしまう何か。

ある人は歌を歌うかもしれないし、 ある人は旅をして一人でも多くの人と知り合いたいと思うかもしれないし、 ある人は人と人との間を取り持って人の輪を広げたいと思うかもしれない。 自分はどんな状況でも、何かしらものを作っているだろうと思う (全身麻痺だとちょっときついけど)。

そういうとても原始的な欲求が根本にあって、 現在の状況下での欲求の実現として自分はプログラムを書いたり PCを組み立てたりしている。 目に見える行為は、根源的な欲求の現状況下での一つの実現形態にすぎない。 目に見えることに執着してしまうと、状況の変化に追従できないので不自由だ。 かと言って、こだわりを無くし刹那的に生きるのは淋しい。 本当は何にこだわっているのかが見えて来ると、 遊びの意味が分かって来る気がする。

追記。うーん、宮城の酒「雪の松島」を飲みながら書いていたら なんだか良くわかんない文章になっている、 気もするのだが程良く世界が回りはじめているのでまあいいや。

12/8(Mon) YesとNo

英語圏での生活で、未だに慣れないのがyesとnoの使い分け。 日本語では相手の質問が正しければ「はい」、違っていれば「いいえ」。 英語では自分の答えが肯定ならyes、否定ならno。 Yes=はい、no=いいえではないと頭では分かっているし、 フォーマルな場面では緊張しているせいか間違えることは少ないのだが、 日常生活ではついついごちゃごちゃにしてしまう。

特に、あいづちのつもりで "yeah" を連発していると、 否定形の疑問文にあいづちを打つつもりで "yeah" と言ってしまうことがよくある。 また、議論の際には論点を明確にするためになるべくはっきりyes, noを言うように しているのだが、相手に「俺はこう思うんだがお前はそうは思わないのか」とか 聞かれて自信たっぷりに "Yes" と答えて、あれ? という顔をされることもある。 あわてて "huh.. I mean no." と言い直すのだが。

という話を以前在米6年の台湾出身のPにしたら、 「とりあえず "right" と言っておけばいいんだよ」と教えてくれた。 「はい」= "it's right"、「いいえ」= "it's not right"、でいいというわけだ。 中国語も返事に関しては日本語と同じだそうで、 彼も最初のうちは困ったそうな。

ただあんまし "right" ばかり連発していてもばかみたいなので、 時々は "sure" とか混ぜたり、ちょっと高度な相槌として "it is?" (主語と時制によって "he does?" "you were?" とかいろいろ 変わるが) なんかを混ぜたりしてみるのだが、 yes/noで答えざるを得ない場面では依然として "huh... yes." のように1秒くらい考える時間を必要とする。 会話の難しさは、案外中学校で習うくらいの範囲にあるものだ。 yes/noに加え、単数複数と時制が私の英語の間違いの最たるものである。

ところで、昨日観たAnastasiaに関して追記。 友達の友達の友達くらいがちょっと関わっているそうで、 メインキャラクタのアニメーションにはかなりロトスコープ (実際のアクターの演技を撮影してトレースする手法) を使っているそうだ。 妙に人間臭い演技に納得。私の回りでの評価は結構分かれている。 自分としては「人間」を感じさせる動きのほうが好みなのだが。

12/7(Sun) 開戦の日/Anastasia

街が徐々にクリスマスに染まってゆくのがおもしろい。ふと気付くと、 街角に植木のトナカイが群れていたり、店の屋根にサンタが突如として現れたり、 ビルのてっぺんに巨大な星が輝きはじめたりしている。 今日オフィスの駐車場に入ろうとしたら、ゲートの側に妙な服装をした人々がいる。 近付いてみたらイエス誕生の場面の等身大ジオラマであった。

さて、56年前の今朝、旧日本軍は真珠湾に攻撃をしかけ、 臨戦体制を取ってはいなかった米軍にかなりの打撃を与えた。 魚雷をまともにくらって乗務員のほとんどが逃げる間もなく沈没した Arizona号は今でも真珠湾に静かに沈んでいる。 あまりこちらのマスコミを見ていないのでこちらの人々がこの日をどういう 感慨を持って迎えているのかはわからない。 ラジオのニュースでは触れていなかったし、 街でも特別なイベントなどは見られなかった。

ハワイ諸島は基地の島でもある。 地図を広げてみると至る所が軍用地になっていることがわかる。 そういう点では沖縄と共通点があるのだが、 沖縄ほどに基地の威圧感を感じないのは同じ国の軍隊だからであろうか。 実際、基地にはそんなに重々しさはない。 基地内の施設もわりと一般に解放されてるらしいし、 ぼーっと車を走らせていたらいつの間にか基地の中を走っていたなんてこともある。

真珠湾に沈んだArizona号は今でも海上から見ることができる。 半年程前にArizona memorial museumを訪ねたことがある。 まず真珠湾攻撃の記録映画を見せられた後、沈んだArizona号を跨ぐように 建設された記念館までボートで連れてってくれる。 Museumの売店では開戦当日の新聞の復刻版を売っていた。 紙面の1/4程もあろうかと思われる大きな "WAR" の文字が踊る。 第1報から号外を順に読んで行くと、 最初は不明だった死傷者数がどんどん増えて行くなど生々しい。 新聞によれば、日本軍の攻撃は基地を逸れて市街地にも及んだらしい。 一般市民の死者の中に日本人と思しき人物もいる。 そう、ハワイでの日本人移民の比率は当時から高かった。 Mainlandであったような強制収容などは無かったらしいが、 二国の間に板ばさみになった彼らの生活は容易でなかったに違いない。

ホノルルのダウンタウンから車でほんの5分程山側へ走ると クレーターの中に作られたPunchbowl Cemeteryがある。 明るい日射しを受けて、青々とした芝生の上に点々と小さな墓碑が並ぶ。 日本の墓地とは雰囲気が違って、何も知らなければ公園かと思ってしまうほどの、 ただただ静かな場所。 一番奥に作られた記念碑には、しかし、 太平洋戦争と朝鮮戦争の記録が壁にモザイクとしてはめこまれている。 ばあちゃんから良く聞かされた、海軍軍人だった祖父の話をいろいろ思い出す。 沖縄と本土の間のどこかに沈んだ祖父には遺骨も遺品もなかった。

人は戦わずにはいられない本性を持っているのか、 それとも将来は戦争の無い社会形態を作ることができるのか。 いずれ我々の子孫が結論を見届けることになるだろう。 だが少なくとも人は戦争をし続けて来たし、多くの血が流された。 戦うべしとした当時の結論は正しかったのか間違っていたのかという 議論には意味がない。正しさなんて見方によってどうにでもなるからだ。 ただ、そこで死んだり傷ついた人々がいたのは事実である。 その経験を無駄にしないことが責任を取ると言うことではないのか。 謝罪するのしないのでもめている日本政府の対応はレベルが低すぎないか。 首相や天皇の頭ひとつ下げるくらい何でもないではないか。 大事なのはそれからなのに。

Punchbowl cemeteryの外輪山を登って行くと、 ホノルルを一望できるピークがある。 そこに日米退役軍人会の碑があった。握手する手がレリーフになっていた。 互いを知るために、衝突が不可欠なこともある。 願わくばそれが、多くの人の夢を奪う形にならないよう。


ちょっと話がしんみりしたが、 平和を満喫するため夜は映画。20th Century Foxのアニメーション "Anastasia"。 これが予想以上に良かった。 ポスターを見た限りではDisneyアニメと似たようなもんかなと思っていたのだが、 違う。スタッフの気合いが伝わって来る力作。 Disneyはこれの公開日に "The Little Mermaid" のリバイバルをぶつけてきたのだが、 恐れるべき相手とみなしていたのか。

一部のキャラクタの動きにはDisney臭さがあるものの、 メインキャラクタ、特にAnastasiaの動きは見事である。 実写映画と同じような演出をつけている上、 アニメーションが丁寧で妙に人間臭さを感じさせるのだ。 群衆シーンまで手抜きなく作られているのも良い。 CGをかなりふんだんに採り入れていて、 コンポジットがスムーズでないところもかなりあるのだが、 スタッフの野心的挑戦という感じで好感が持てた。

12/6(Sat) PC組み立て

だいぶ以前にPC作るぞ宣言をしたものの、 面倒臭くてこれまで放っておいたのだった。 だがこれではいつまでたってもUltima Onlineが出来ず時代に乗り遅れてしまう。 というわけで今日は気合いを入れて一気に組み立てることにする。

既にHDD、ビデオカードなどいくつかのコンポーネントはPC&洋ゲーマニアの T君から譲り受けている。だがいざ組み立てるとなるとマザーボードからケースまで 買わなければならないものは数多い。とりあえずT君に指導を仰ぎ、 二人でホノルルで一番マニアックな自作PCの店に乗り込む。 店に入ると、どこかで見たようなアロハシャツを着た人物が。 狭い店内で同僚3名と次々出会う。 うちの会社って、やっぱりマニアの集まりか。

T君はやたら出たばっかりのボードとか怪しいインタフェースとかを 勧めて来るが、私はUnixも載せるつもりなのであんまり怪しいボードは 避けたいのだ。デバイスドライバ書きに時間を取られたくはない。 結局、テクノロジがある程度枯れた堅実な構成を目指す。CPUはPentium MMX 200MHz、 SCSIアダプタはAdaptek (フルSCSI構成にするので) など。

自宅に戻ってすぐさまT君の指導のもとに組みはじめる。 最近のPCの自作は半田ゴテもオシロスコープもロジックアナライザも要らないのだね。 それでもハードを自分で組み上げて行くのは面白い。 やはり目に見えるモノを組み立てるのは、「作っている」という実感がある。

堅実な構成のおかげでほとんど問題なし... のはずだったのだが、 FDDがどうやら初期不良。問題の切り分けのためT君のマシンを持ってきて いろいろやっていたら彼のFDDのコネクタのピンがぽきりと折れてしまった。 手持ちのパーツでそれを修理したりいろいろやっているうちに 結局夜中過ぎになる。 とりあえずUltima Onlineのオープニングデモが見られるところまでこぎつけた。 まだこの後にネットワークのセットアップやLinuxのインストールが待っているが、 ま、一段落。高い玩具が揃った。

今度日本に帰った時にMIDI音源も買って来て、 そうしたら昔作った曲でもweb上で公開するか。 文字ばっかりのページに潤いを。

12/5(Fri) 銀行がなくなる日

...と言っても破綻したわけではない。 私が口座を持つBank of Americaはカリフォルニアを中心に全国に広く 支店を持つが、ハワイ州からは本日付けで撤退することになったのである。 引き上げること自体は半年くらい前に発表されていた。 新聞記事のインタビューでは「ハワイ州では十分なビジネスを維持できないと 判断した」とか言ってたっけ。ハワイにあるBofAの支店はAmerican Savingsに 引き継がれる。

で、ここ半年、ハワイローカルの銀行はBofAから流れる顧客獲得に 精を出していたらしい。どこの銀行だか忘れたが、ラジオのCMでこんなのが あった。

電話のコール音。
録音音声「申し訳ありません。当行はハワイ州でのサービスを休止しました。」
がちゃり。
ナレーションA「そう、州外から来た銀行は、いつなんどき去ってしまうか
  わかりません。そんな銀行にあなたの大切な財産を預けられますか?
  ○○銀行はハワイで創業してXX年の実績。あなたの財産をいつまでも
  お守りします」
ナレーションB「ただいまビッグキャンペーン中。Bank of Americaから口座を
  移した方は口座手数料free!」
なんて露骨な、とも思うのだが、比較広告が当たり前の米国では このくらいは普通であるらしい。

BofAも対抗して先週あたりまでずっと「今口座をオープンしたら ○○サービス」みたいなCMを流し続けていた。「12/5を以てハワイ州での 営業を休止します」、なんてことは一言も言わない。支店に行っても目立つ 所には書いていない。 ハワイ内支店の顧客の口座もAmerican Savingsに引き継がれるのかな、 よく知らないけど。 というのは私の口座は未だにロスにあるからなのであった。 BofAのクレジットカードを持っているので別の銀行に口座を 移したくはなかったのである。 (米国では新参者がクレジットカードを作るのはいろいろと面倒なのだ)。

で、最後の日に給料の小切手の預金に行ったのだが、
「申し訳ありません、interstate transactionは12/2で終了しております。 小切手とdeposit slipを口座のある支店に郵送してください」
去って行く者は残される者に冷たいのであった。 やっぱりローカルな銀行にも口座を作るべきなのかっ。

12/4(Thu) 議論

ミーティング三昧の一日。

通訳を介して日英両方で議論するから倍の時間がかかるのは仕方ない。 何を言いたいのかよくわからない発言が困りもの。 日本語側に多いのだが、日本語で聞いている限りは、 まあ、なんとなく言わんとしていることがわからなくはない。 だがそれでは訳しようがないのだ。せめて質問なのか提案なのか 他人の意見に対するフォローアップなのかはっきりしてくれい。

日本語だけ、あるいは英語だけのミーティングではそれでも何とかなって、 それでものごとが進行するのだから、 決して悪い方法ではないはずなのだけれども。 異なる思考体系間の変換をかますとそういった「雰囲気」というものが伝えにくい。 凄腕の通訳はやっぱりそのへんもうまくやるのだろうか。 そういえば日本の政治家の演説とか、 不祥事を起こした企業のトップの会見とか、 日本語で聞いても何言ってんだかわからないのが多いが、 あれを訳す人は大変だろうと思う。 5分の演説が1センテンスになっちゃったりしてね。

あ、決してこれは日本語特有の問題ではなく、 英語でものらりくらりとした演説はある。 ただ面と向かった会議では例え発言の途中でもそれをさえぎって "So, what's your point?" という突っ込みがばしばし入るから そういった発言は淘汰される傾向にはあるかもしれない。

日本での会議ではとりあえず発言を最後まで聞いてから、質問があればする、 というパターンが多かったように思う。 しかし異文化が出会う時、それでは時間がかかりすぎるのだ。 質問さえも出なければ、一体相手が自分の話をわかったのかどうか 不安になるではないか。 もちろん相手の話をまるで聞かず質問ばかりするのは駄目だが、 おとなしすぎるのも困りものである。

12/3(Wed)

昨日の話題に、在米13年という方から早速コメントを頂いた。 クリスマス後にショッピングセンターにリサイクルマシンが来て、 細かく砕いて花壇に蒔いたりするそうだ。 ゴミに出せば回収してくれるがそれもリサイクルされるのだろうとのこと。 なるほどなるほど。私はクリスマスから正月にかけて帰省してしまうから 件のリサイクルマシンは見られないかもしれない。

ここ2〜3日は風がものすごい。 貿易風と呼ばれる北東の風で、冷たくはないのだが しばしば秒速20m/s近い突風になる。 背の高いアパートメントでは窓の外をぶんぶんうなりをあげて風が吹抜けてゆくのだ。 音だけ聞いていると東京の木枯しを思い出す。

プロダクション管理のソフトウェアのデザインのため、 デザイナーとの打ち合せが続く。CGプロダクションではほとんどあらゆる素材が コンピュータ上に乗る。最初のアートデザインやストーリーボードこそ 旧来の紙の上に作られるが、それ以降、モデリング、テクスチャ、レイアウト、 ライティング、アニメーション、エフェクト、レンダリング、全ての工程で 膨大なコンピュータ上のデータを共有しながら作業が進んで行く。 コンピュータ上のデータは確かに扱いやすいのだが、 コピーや変更のしやすさがこの場合にかえって問題となるのだ。 どれが最新のデータかわからなくなるとか、前のバージョンの方が良かったから 戻したいだとか、とりあえず複数のバージョンを並行に作業を進めるだとか、 そうこうしているうちにデータは無闇に増え続けわけがわからなくなる。

どこのプロダクションでもある程度いろいろなツールを導入しているものの、 これで完璧だ、というものは無いらしい。 人間の活動の中にまだまだコンピューターは融け込んでいない。 何と言っても打ち合せには電子メールと作画ソフトより、 直接の会話と紙と鉛筆のほうが遥かに楽なのである。 全てをコンピュータ上に載せてしまうのは、人々が紙の替わりに コンピュータの仕込まれた軽量のディスプレイ兼タブレットを持ち歩くような 時代にならないと難しいであろう。

いつかそういう時代が来るにせよ、とりあえず今はあるものでなんとか しなければならない。 個人的には「何もかもコンピュータにやらせる」という発想は嫌いで、 そこまでコンピュータというものを信頼してはいない。 シンプルかつ応用の効くツールと、エラーを起こしにくいインターフェースを 提供して、あとは使う側の教育としたい。 全てをブラックボックス化してしまうと例外的な事態に対して応用が効かなくなる からだ。

12/2(Tue) クリスマスツリーはどこへ行く

本日も雨がちの天気。 ハワイアンに聞いたら冬はだいたいこんなもんだと言う。 正月をハワイで過ごす人も多いらしいが、 雨にたたられる覚悟はしておいた方が良いだろう。 気温は依然として半袖長ズボンで丁度いいくらいなので、 まあ避寒地として来るというなら考えてもよいかも。

街はすっかりクリスマス気分。 うちのアパートも入口の植木には3色のイルミネーションがまたたき、 駐車場の入口のセキュリティゲートももみの木の装飾に囲まれている。 日本でも最近はクリスマス用装飾を行なう店が多いが、 こちらでは公私問わずあらゆる場所がごてごてと飾りたてられるのだ。 ハロウィーンの前にはそこらじゅうがかぼちゃと化けものだらけになるので 皆そういうのが好きなのかもしれない。

ところでこの季節、スーパーマーケット等の軒先にクリスマスツリー用 もみの木がずらりと並ぶ。小さいもので1m20、大きいもので1m80くらいが普通か。 皆あんなものを買って帰れるのだから実に恵まれた住宅事情である。 どこかでクリスマス用に大量に栽培しているらしい。 多分ハワイのは全部本土から持って来ているのだろう。

で、ふとした疑問。あれだけ大量のもみの木、 クリスマスが終わったらどうするのだろうか。 庭に植えるわけにもいかないだろうし、捨てるにしても物が物だけに回収が大変だ。 それともそういうのは日本人的発想で、 アメリカ人にしてみればそういう巨大なものを捨てるのは平気なのかもしれない。 なんぼでも土地があるせいか、ゴミ処理問題なんかも日本ほど話題にのぼらないのだ。 (熱心に活動している人は確かにいるのだけど、一般に浸透してはいない。 分別収集なんかもまだやってない地域が多いし。)

自分だったらどうするのか想像してみようとしたが、 そんなに大きなものを一時の装飾のためだけに購入するなどという行為自体が まだ実感として考えられないため挫折。 明日アメリカンに聞いてみるとしよう。ということで落ちなし。

12/1(Mon) DNAコンピュータ

電子情報通信学会誌の9月号が今頃届いた。 米国に住み始めて、日本ではひと月遅れでしか読めなかった 米国内発行の学会誌類がその月のうちに読めるようになったのだが、 逆に日本からのものは遅れるわけだ。それにしても2ヵ月遅れはひどい。

その中で、「DNAコンピュータとは」なる記事に興味を惹かれる。 DNAの塩基配列に情報をコーディングし、酵素によってそれを特定の場所で 切ったり貼ったりして計算を行うというものだ。実際に計算をして見せた Adlemanの実験は1994年に論文になっている (L. Adleman, Science, 266(1021-1024), 1994.) から、もうその道の人にとっては当り前のことなのかもしれないが、 DNAは大量に複製して並列に反応させることができるので、 現在の計算機より遥かに高い演算性能と遥かに良いエネルギー効率を 実現できるとのこと。 計算機としての可能性に関しては、理論的には現在の計算機と同等の能力を持つこと (Turing machine相当) が既に示されている (T. Head, Bull. Math. Biol, 49(737-759), 1987.)。 もちろん現在ではまだ実用的なものを作るには課題が多い。

記事は最後の節でこう述べる: 「もしかしたら、自然はこのように『数学』を行ってきたのかもしれない」。 足し算や引き算ではなく、切ったり貼ったりを元にする数学によって 生命はここまで進化してきた。

我々の世界の外に、 この数学によって生成された壮大な進化という現象を眺めている存在が いるのかどうか、それはわからない。 例えば計算機上のプロセスとして実装された「生命体」が出来たとして それらが認識する「存在」とそれを眺めている我々の「存在」とはだいぶ異なる だろうから、 "molecular arithmetic" の上に実装された我々がアナロジーでもって 外部の存在を考察すること自体が無理なのかもしれない。

だが、そのような「超越者」がいようといなかろうと、 我々は大自然が用意してくれたベッドの上で遊んでいる幼子のようなものだ。 深刻に悩むのも良し。パーッと遊ぶのも良し。 どうせ生きるのなら、この世に生まれ落ちたチャンスをじっくり味わい、 楽しもうではないか。

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Shiro Kawai
shiro@lava.net

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