2001年2月

[前月][次月][一覧]:[表紙][映画][King][BBS]


2/27 (Tue)

東京-ホノルルの温度差は、この時期が最も大きいのかも知れない。 土曜着-月曜発、2泊3日の日程で東京に行って来たのだが、 こちらに帰った途端強烈な日射しでダウン気味。

東京では友人の芝居を観て来た。 学生の時に芝居を始め、社会に出て10年前後。 普段は会社勤めをしながら出演している人も、 バイトをしながらあちこちの劇団の公演やプロデュース公演をこなしている人も、 着実に経験を積み重ね、スキルを磨き、レベルを上げている。

やりたくないかと聞かれればそりゃやりたい。 でもこっちでやっておきたい事もあるし、やるからにはそれなりの結果を出したいし。

2/19 (Mon) 臥虎蔵龍

昨年から評判だったアクション映画 "Crouching Tiger, Hidden Dragon" (臥虎蔵龍) を観て来た。 ひゃあ、評判通り、飛ぶ飛ぶ。ワイヤーアクションで人が飛び回る。 息つく間も無い戦闘シーン。金はかなり使っているようだがテイストはカンフー映画。凄いやこれは。 前に観た友人が「あんだけ出来るならCGは要らない」と言っていたが、むべなるかな。 ファイトコリオグラファーはWoo-ping Yuen。「酔拳」の人ですな。 今なら "Matrix" の人と言ったほうが通りが良いか。

この映画、USでは未だに週間興行収入の上位にランクインし続けているのだが、 日本ではあんまりヒットしなかったと聞いた。印象が地味すぎ? 邦題は「グリーン・デスティニー」だったっけ。それも地味だなあ。 原題を使えば良かったのに。

2/15 (Thu) 雨期/捜索打ちきりを巡る文化的差異/専業主婦

例年は1月が雨期のハワイだが、今年は2月に入ってからの方がよく降るようだ。 ここ1週間程は毎日のように、強い風に乗った雨が北向きの私のオフィスの窓を叩いている。 南国の雨はきまぐれで、ある時は景色全体が白い幕で覆われるほどなのに、 ものの5分もすると太陽が顔を出す。


朝、立ち寄ったコーヒーショップで、 えひめ丸の捜索打ちきりを報道する地元紙Honolulu Advertiserの 記事が目に入った。

「日本の文化では、身体と魂は死後も永遠に結び付いたものとされる。 行方不明者の捜索を打ち切るというのは生存への希望を断ち切るだけではなく、 哀悼への微妙な道筋を破壊的に遅らせることになる」

そういえば、脳死と臓器移植を巡る議論の中で、 キリスト教文化では死体は魂のぬけがらだから再利用することにあまり抵抗が無い、 というのを読んだ覚えがある。

もちろん、生存の可能性がゼロであるとは言い切れないわけだが、 ライフジャケットも救命ボートも無しという状況では最悪の事態は覚悟せねばなるまい。 そういう状況で「捜索打ちきり」という言葉が出てくるのには、 このような文化的な背景の差があるのかもしれぬ。

「そうは言っても沈めたのは米国なんだからこっち(日本)の気が住むまで探さんかい」と いう気持ちもわからんではないが、米国=加害者、日本=被害者という単純化は危うい。 今回の件は明らかに米海軍の不始末でその責任はきっちり取ってもらわにゃならないが、 米海軍=米国ではない。ハワイ州民の2割を占める日系人はこの事故で心を痛めたろうし、 ボランティアで走り回っている人もいたかもしれない (日系人会が義援金を募集してたのは見た)。 米国vs日本という構図になると、これらの二つの祖国を持つ人の立場が無くなる。


専業主婦の相方(2/12)について。 妻は看護婦だったんだが、結婚してこっちに来て、扶養者ビザだから働けない。 言葉の問題もあるし、こっちでは友人も少ないし、退屈するんじゃないかと心配した。 ところが本人はけろりとして生活を楽しんでいる。心配を口にしたら一蹴されてしまった。

言葉は困ることが多い、とこぼしているのに、 妻はこっちに来てひと月で、うちの近所で飼われている犬の名前を軒並み覚えてしまった。 私は一匹も知らない。うちのすぐ近くで週一回、朝市が開かれているという、 私が一年ここに住んで知らなかった情報を、住み始めてすぐに仕入れて来たのも妻だ。 妻に言わせれば「この人、住んでるくせに何も知らない」ということになるらしい。

思うに、「家に入ると社会との接点が無くなって心配」というのは、 仕事イコール自己実現という先入観に因われているということなのかもしれん。

2/10 (Sat) ご近所さん/O Brother, Where art thou?/過程と結果

おや、御近所さんだ。 日記才人でみつけた Surf and Sun。どうやら昨日Kahala Mallですれ違っていたらしい。


昨日、実に4ヵ月ぶりに映画を映画館で観た。結婚以来初めてだ。 George Clooney主演の"O brother, where art thou?" を観てたのだった。 "Fargo" を撮ったCoen兄弟の作品。 1930年代の南部。3人の脱獄囚が、隠してある盗品を取りにゆく旅の過程でヘンな人達と出会って行く。 物語そのものは淡々と進むのに出て来るキャラクターの外れっぷりが見事で何とも言えない おかしさがある。

冒頭で、原作がホメロスの「オデッセイ」であることが述べられるんで、 多分「オデッセイ」へのリファレンスがたくさんあるのだろうけど、 そのへんがいまいちよくわからなかったのが残念。 あと、1930年代の南部事情にも通じていたほうが楽しめたかも。 George Clooneyは "The Three Kings" とあんまり変わりばえがしなかったが、 John Turturroのとぼけたキャラクターは面白かった。 "Illuminata" で観た時と全然印象が違う。


こちらのシネコンのロビーには、 近日公開予定の映画の販促用の派手なディスプレイが並ぶ。 ふつう身長くらいの高さで、ちょっと立体的にあつらえてあるものが多い。 で、昨日、 "Final Fantasy---The Spirits Within" の大きなディスプレイが出ているのを見つけた。 最近は映画プロジェクトとは別のプロジェクトの方に関わっているのだけれど、 とうとうここまで来たかという感慨は深い。 この4年の間に、本当に色々なことがあった。

残るのは結果だけだ。その結果に至る過程は、人の眼に触れることはなく、 ただ内部にいる者の記憶にのみ刻まれてゆく。 出されなかった結果は、外の世界にとっては無いも同じ。 外に出なければ無意味であるとさえ言える。

しかし、関わった者の人生が影響を受けるのは、結果よりもむしろその過程であろう。 結果を出すことはゴールではない。それまでの過程を次に繋げるための、踏み切り台なのだ。

2/9 (Fri) 事故

東京の実家に電話したら、開口一番「船の衝突事故、大変みたいだな」。 日本では大きく報道されているようだが、そんな街をあげて大騒ぎになっているわけじゃない。 私だってWebのニュースで知っただけだ。

以前住んでいたアパートメントからは、アロハタワーの桟橋をはじめとする 港湾施設と、水路を隔てたサンドアイランドがよく見えた。 曳航船に曳かれた潜水艦もよく見かけた。あそこは基地施設ではないと思うから、 民間のだったのかもしれない。 思いつくのはせいぜいそのくらいだ。 だが、乗組員の多くが17才前後の訓練生と聞いて心が沈んだ。 可能性と希望に満ち溢れている年頃だろうに。

今も懸命の捜索活動が続けられているのだろう。 陽が落ちると海はほとんど真っ暗になるのだが、 今夜は薄雲はかかっているものの、8分目くらいの月は出ている。 何とか助かって欲しい。

2/7 (Wed) 寒い

寒いのだ。ハワイなのに。 昼間こそ常夏の名にふさわしい日射しがじりじりと肌を焼くが、 深夜、机に向かっていると足元が冷え込んで来る。 うちのリビングは特に風が通りやすい構造になっているのだ。 もちろん、先月の東京の寒さに比べれば屁でも無いのだけれど、 人間の環境への順応性とはかように見事なものなのだ。 靴下をはかないと寒いなんて、おかしい!

2/3 (Sat) 受動的な視点

車が壊れた。前をあけてあちこち覗いてひとつ見当はつけたが、 そこから先は素人ではどうしようもない。AAAに電話して工場まで引っ張ってってもらう。 この週末は車無しだ。

行きつけの工場は会社の近くなので、ちょっと会社に寄ってからバスで帰った。 よく車で通る道のはずなのに、バスで通ると妙に新鮮だ。 交差点の手前の景色は見覚えがあるのに、そうでないところはまるで初めて通る道のようだ。 自分で運転している時は前しかみていないが、バスでは横を見ることになるし、座席も高いせいだろう。

通りすがりに、一瞬、横道の奥の方まで見渡せて、子供が遊んでいるのが見える。 他人の日常が自分の意志とは関係なく切り取られて呈示される、その感覚が楽しい。 車を運転している時はこうはゆかない。自分が見たいものを見ているわけだが、 それは自分が見たいものしか見ていないということでもある。

受動的な視点というのも、時には必要かも。


[前月][次月][一覧]:[表紙][映画][King][BBS]

Shiro Kawai
shiro@lava.net