2000年5月

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5/31 (Wed)

ホッケー仲間のSが本土に帰ることになった。今朝はfarewell game。 会社のそばの公園の小さなリンク。かつてはそこで、手製のゴールネットを持参して、 週に2回とかゲームをやっていた。 サーフェスが粗くてパックでなくボールしか使えないので、リーグに参加するように なってからは滅多に使わなくなった。そのリーグも今は解散して、仕事も忙しくなった。 チームのうち数人はまだ日曜日のピックアップゲームに顔を出すけれど、チーム全員が 揃うのは、これが最後の機会かもしれない。

誰かが会社の隅から掘り出して来た手製のネットはもうぼろぼろで、 ガムテープで補修してなんとか形にする。ゴーリー無し、オフサイド無しの いいかげんなゲームだけど、楽しい。

社内で誘いあってスポーツをする人は多い。バスケなんかはかなり コンスタントに続いているし、サッカーやテニス、マウンテンバイク、 ハイキング等も聞く。ただ、ホッケー組のように、チームジャージを作ったり、 ゲーム以外でも集まって飲んだりしている活動は他にないようだ。 多分、地域リーグに参加したことが、チームのアイデンティティを確立する大きな きっかけになったのだろう。楽しみのためとはいえ、勝敗が絡めば、自分のチームに コミットすることが要請される。一時期は週2回の練習と週1回の試合、とかいう 部活動みたいな雰囲気にもなっていた。

しかし時は移ろい、メンバーも徐々に居なくなりつつある。 どんな楽しいことも、永遠には続かない。残るものはせいぜい、思い出と、絆か。 儚いものだ。ならば一ゲーム毎の、与えられた機会を最大限に楽しむことだ。 考えてみれば人生だって同じようなものか。

5/29 (Mon) Dinosaur

メモリアルデーの休日。

昨日、ハイキングの後、シャワーを浴びてソファーでうたた寝をしたのだが、 それで冷えてしまったのかもしれない。夕方に目を覚ますと頭が痛い。ベッドに移って しばらく横になっていたら熱も出て来たようで、悪寒と身体の火照りが同時にやってきた上、 食べたものを全部吐いてしまった。風邪薬を飲んで早々に寝た。

昼過ぎまでうとうとしていたら、薬が効いたようで、復活。 米国の薬は何だか効きすぎるような気がする。起きてすぐはまだ頭も重かったけれど、 洗濯をしていたらすっかり元気になってしまった。


元気になったので調子に乗って映画など観に行く。製作費がDisneyの史上最高額だという "Dinosaur"。バックグラウンドに実写の風景を使い、登場する恐竜や猿などを全てCGで合成した。

なるほど、80分の全編にわたって、背景の実写とさほど違和感ない恐竜を作った努力には敬服。 モノがモノだけにmotion captureも使えなかっただろうから。 しかし… アニメーションの作法が従来の2Dディズニーアニメと一緒なのだ。 オーバーアクション気味の表情だとか。見た目非常にリアルな恐竜や猿が ディズニー風に動くのは、観ていてものすごく気持が悪い。 セルアニメであれば多分気にならなかったと思われる都合の良い設定も、 見た目がリアルになったためにひどく違和感を感じたりする。 おまけに取ってつけたようなストーリー。 見ててどう反応して良いものやら困る映画というのも珍しい。 多分、Disneyにとってはひとつの実験だったのだろう、と解釈するけど、 ちょっと人には薦められないなあ。

5/28 (Sun) Liliko`i

生活リズムのリセットを試みる。

Mt. Olomana へのハイキングに誘われていたので、早寝早起きしてサンドイッチまで作った。 ハイキングには完璧な天候。我々が第1ピークに到着したところには、 既に10人位のパーティがいて、第3ピーク に向けて出発するところだった。混雑を避けて1時間程休んだ後、我々も第3ピークを目指したのだが。 第2ピークから第3ピークへ向かって降りるところが20〜30メートル位の崖になっていて、 ザイルが無いと通るのが難しい。以前は固定ザイルがあったのだが、誰かが取っていって しまったらしい、というのを崖を降りたところで知る。先行パーティの持参したザイルが かかっていたのだ。先行パーティに待ってもらうわけにもいかないので、第3ピークは諦める。

一緒に行った友人が、下りの道でガイドブックに載っていない別ルートを案内してくれた。 丁度liliko`i (パッションフルーツ) のシーズンのようで、 山道のわきにオレンジ色の実が鈴なりである。 意外と実が鳥に喰われていないのだが、外皮が丈夫なせいなんだろうか。

5/25 (Thu)

すっかり宵っ張りの朝寝坊気味。 日本でどさっと仕入れてきた小説が読みだしたら止まらなくて、夜更しが加速しているのだ。 宮部みゆきの一連の作品なのだが、とにかく読ませる。一晩1.5冊のペースで読んでれば そりゃ寝不足にもなるわな。

5/22 (Mon) 日本的職人気質、なのか?/孤独

一週間ぶりに帰宅。やはり暑い。 ゲートを出て入国審査へ向かうトローリーを待つ間にも、肌が汗ばんでくる。 濃く湿った空気に迎えられると、「帰って来た」という気がする。

水曜に行った、本社のプログラマーを対象とした現在のプロジェクトの プレゼンは、6時間という長丁場にもかかわらず参加者はわりと最後までちゃんと 聞いてくれていたようであった。が、木曜・金曜のチーム別ミーティングに おいては、あまり積極的に技術交流をしようという意見が本社側からは 出て来ず、出て来た中では懐疑的な意見が目だった。黙ってる人も多かったし。 ホノルル側の同僚(主としてヨーロッパ出身)の中にはがっかりしていた者もいたようだ。

私にしてみれば、本社の連中の一種の非積極性は、 どんな素晴らしいアルゴリズムでも実際のゲームエンジンに乗せて動かしてみないことには 評価出来ない、という慎重さの現われと映る。良く言えば職人気質。ヨオロッパ人達は、しかし、 腕組んでじっと黙っている日本人プログラマの内心を推察する術にあまり長けていない、 あるいは慣れていないだけなのかもしれない。 飯食いながら、そのへんを説明してみたのだが、あんまり分かってもらえなかったかな。 確かに米国では、質問が無いってことは非常に悪い兆候だからな。


出張から帰ってぼちぼちWeb日記を巡回していたら、何やら議論が盛り上がっていた様子。 bLatzさんの思い出話 (5/21)に共感度高し。折しも、昨日、彼女に「あなたは同世代の他の人と比べると、 妙に冷淡に人を突き放してみる所がある。」とか言われたし。

IQテストなんて受けたことなかったから、自分が高IQ児だったのか どうかは分からないけど。私の場合はあんまり反抗はしなかったと思う。 私の巡り合った教師は必要以上に干渉しないでいてくれたので、 授業をほとんど聞かずに好きなことをしていられたから。 デキることに対する劣等感というのは結構あったな。 努力しないでいることに対する劣等感というか。

自分から見えている世界と相手から見えている世界が相当に違うものだ、 という自覚は中学校くらいの頃からあったと思う。芝居に入って行ったのは、 その絶望的なコミュニケーションの渕を乗り越えられるものがあると感じたから、 のような気もする。

5/13 (Sat) ばたばた

これを書いているのは実はもう日曜の朝。やっぱり準備で徹夜になってしまった。とほほほ。 とにかく発表に必要なものをスーツケースに詰め込んで、あと1時間で空港に着かねばならない。 飛行機の中ではぐっすり眠れそうである。

5/12 (Fri) サービス

アロハタワーに昼食をとりに行ったら、 米海軍の軍艦がフラダンス隊に歓迎されて着岸するところであった。 軍艦、という名称が正しいのかはよくわからないけれど。 灰色の船体の上には魚雷発射装置と思しきものが見えるし、対空機銃らしきものもある。 アロハタワーのような民間港に軍艦が入るのは珍しい。歓迎団が出ているところを みると何か特別な艦なのかもしれない。

日本で生まれ育った私には軍隊経験が無いが、 周囲をみると、義務により兵役を勤めた経験のある人というのは かなり多い。よく知らないが、日本や米国のように兵役義務の無い国の方がむしろ少ないんではないだろうか。 しかし知合いは皆口々に、兵役についていた1〜2年を指して「無駄な時間だった」と言う。 緊張の高い時代ならともかく、そうでない時代に義務として駆り出されるのでは 志気も上がらないのであろう。

台湾と米国を行き来している友人は、台中関係をかなり心配している。 少し前までは、戦争というのは一部の急進派が騒いでいるだけ、という感じだったのだが、 最近台北で乗ったタクシーの運転手が「戦争やっちゃえばいいんだよ」と話すのを聞いて ぎょっとしたと言っていた。

他国からの侵略の可能性がある限り、軍備を持つことは正当化される。 しかし、そこでいう「国」ってのはなんだろう。交戦状態になると、国を 構成すべき個々の「人」は見えなくなり、「国」があたかも意志を持つ生物のように 語られはじめる。何かおかしい。 兵役(サービス)で奉仕(サーブ)する対象は国を構成する人々のはずで、 しかしその人々は対戦国を構成する人々といかほども違わないはずなのだ。

守るために戦うのはやぶさかではないが、もっとうまい方法があっても良いと思う。


来週は東京出張。今のプロジェクトを本社にプレゼンしてくるのだ。 おかげで金曜の夜だというのに皆居残りである。 私は今回は特にデモするものが無いのだが、別のプロジェクトの作業が長引いてやはり残る。 Lispユーザ会でも喋るんで、スライドも用意しなきゃならない。またぎりぎりだ。

せめて帰宅したらワインでも傾けて寛ごうかと、帰りにスーパーに寄って安売りの Mondaviのシャルドネを買おうとしたら、レジで無情にも「お売りできません」。そう、夜中0時から 朝6時まではアルコールの販売が禁止されているのであった。米国はこういうとこは厳しい。

5/11 (Thu)

昨日、韓国語のspamメイルが来た。日記猿人 でいくつか触れられてる 日記があったから、かなり広く出されたのだろうか (それとも日記猿人からメイルアドレスを 得たか)。最初のアンニョンハシムニカと最後のカムサムニダしかわからなかったんだけど、 こちら(5/12)に邦訳が出ていた。 最近、韓国では加熱する受験競争を押えるために、塾通いや家庭教師が禁止されたとか聞くけど、 それに対抗するサイトの宣伝らしい。

件のメイルは文字コードがEUC-KRで出ていた。 最初Mew/XEmacs-Muleで読んだ時は化けていたが、紹介されていたサイトがkrドメインだったので 当たりをつけて文字コード指定してオープンするとしっかり読めた (読めたって 言ってもアンニョンハシムニカだけだけどさ)。Mule偉い。 やはり現代のアプリケーションに必要なのは 多言語化(multilingualization)である。 スパムメイルが読めて何が嬉しいのだ、という突っ込みは却下。 まてよ、ひょっとして最近のWindowsは中がUnicodeになってるから、 ハングルでも中国語でも読めちゃうのかな。

* * *

MuleというのはEmacsというエディタの系列。Unix関連プログラマ業界においては、 vi系エディタと人気を二分している。プログラマにとっては日常欠かせない道具であるだけに こだわりも大きく、その優劣に関する議論は常にいつ果てるとも知れぬ泥沼となる。 うちの今のチームだとEmacs派とvi派はちょうど半々くらいだ。 もっとも、ある程度長くこの仕事についている人間は大抵どちらも使えるので、 そういった議論は議論を楽しむためにしているようなものなのだが。 私は熱烈なEmacs支持派だが、計算機管理の仕事をするときは起動の軽い viを使う、といった塩梅だ。

Emacsは非常に柔軟にカスタマイズが出来る。Emacs派の人々は、 板前が自分の包丁一本サラシに巻いて放浪するが如く、 自分用に使い込んだカスタマイズファイル ".emacs" を 職場から職場へと持ち歩くのだ。使い込まれた.emacsにはその人の 人生が覗く。なんてね。 でも、今自分のを見ていたら、8年くらい前のプロジェクトで追加した エントリがまだ残っていた。ちょっと整理したほうが良いかもしれない。

5/8 (Mon) 手話のはなし

手話のはなし(5/8)。私は手話そのものをちゃんと学んだことが無く、 手話についての論説を参照してのメタ知識しか無いので、これから書くのは知ったかぶりである。 詳しい方の突っ込み歓迎。

手話に関する論説でよく触れられる原則は、手話は音声言語の「補助」ではなく、 全く独立した文法構造を持つ言語体系であるということだ。 音声言語の各単語をジェスチャに置き換えて並べたものが手話ではない。 原理的には、音声言語を全く知らずとも手話のみで完璧な(少なくとも音声言語を使うのと 同程度の)意志疎通が可能であるという。 これについては、オリバー・サックス「手話の世界」にわかりやすい解説がある。

最も大きな違いは、音声言語が時間軸方向にしか展開されないのに対して、 手話は空間的にも展開されること。すなわち、音声言語での「構文」では、 単語の時間的な前後関係のみが影響するのに対し、 手話では単語と単語の空間的な位置関係も影響するわけだ。

文字言語はやはり文頭から文末に向かって一次元的に展開するが、 それはおそらく音声言語の特性をそのまま受け継いだのであって、必然ではない。 数年前に、ネットニュースで手話をどうやって文字表記すべきかというのが 話題になっていたことがあった。通常の文字言語では「前後関係」しか表現 できず、手話の、空間を用いて複数の単語がパラレルに進行する様子が表現出来ない。 どういう結論が出たか忘れてしまったが、いろんな記号を用いて並列性を表記 しようとしていたように覚えている。

このように言語の組み立てからして違うので、「ジェスチャでは伝達される情報量が 音声言語に比べ不足するのでは」という疑問も杞憂に過ぎないようである。手元にある ASSETS'96の中の論文 A. Braffort:"A Gesture Recognition Architecture for Sign Language" では、米国標準手話と音声米語との比較において、

という調査結果を引いている。同論文の例によれば、「水を飲む」という単語を考えると、 「コップで水を飲む」「グラスで水を飲む」という手話は基本の「水を飲む」と全く同じ時間で表現できる ---手の形で手段を表現し、同時に手の動きで動作を表現できるから---一方で、 音声言語では手段と動作を別の単語で表現してつなげてやらなければならない。 副詞的要素や形容詞的要素も手話では重畳して表現される。多くの言葉を費さねば 正確に伝えられない複雑な内容が、手話では一瞬で済むことだってあるのだろう。 この方法がどこまで抽象的な表現に適用できるかはわからないが、サックスの本では 手話で抽象的な議論をするような例も載っていたと思う (今手元にないので確認できないのだが)。

そもそも、表現すべき情報というのは、もともと綺麗に一次元的に並んでいるものでは あるまい。それを音声/文字言語の制限から無理矢理一次元的に展開しているのであって、 時にもどかしい思いをすることはままある。概念が「どん」と伝わってくれれば良いのに。 ただ、日常広くみてみるとそういうオルタナティブなモーダルというのは結構ある。 言葉で尽くせない説明が絵を見せるだけで一発で伝わったりとかね。

手話に言語体系として弱点があるとすれば、直接会話以外のモードでの 保存/伝達が難しいことだろう。今でこそテレビ放送もビデオもあるが、 それでも印刷物を介して伝えられる文字/音声言語には敵わない。 理想的な手話辞書は、コンピュータとCD-ROMにより大量の動画が高速に 検索/再生可能になってようやく実現できるようになった。 それまでは、例えば手話標準語を定めで広めようにも、人を直接教育して 送り届ける以外に効率的な手段が無かったわけである。

逆に言えば、そのような技術が発達した今、手話という別モードでの表現方法は もっと注目されても良いのかもしれない。長谷川さんも言及されてる世界共通手話とかね。

5/7 (Sun)

ショッピングモールの、テーブルと椅子が置いてあるくつろぎスペースに、 学生とおぼしき人々が陣取って熱心に勉強している。そういえば期末試験の季節か。

学生は随分長いことやっていたけれど、院に入ってからはペーパーテストは 無かったから、試験勉強的なものをしたのはずっと前になる。短期間に集中して 精密な知識を仕入れるというのはあの頃の方が得意だったかも。 だんだんメタ知識獲得というか、仕入れるべき知識の構造までを理解した時点で 「詳細は必要になった時に調べれば良い」というlazy evaluation的な 態度が身についてしまったので、またあの生活に戻るのはしんどいだろうなあ。 「構造を抽出し、また必要になった時に詳細を調べられるテクニック」というのは、 人生の一時期にうわーっと勉強して詰め込まないと獲得できない気がするから、 必要なことだったとは思うが。

5/6 (Sat) 恋文ワーム

"I LOVE YOU" ワームの中身がネットに流れていたのを見たが、 あきれるほど単純であった。確かにこれなら中学生にも作れるだろう。

今回はOutlookが標的だったが、 それ以外のソフトウェア/OSにしたところで、悪意のあるコードの実行を原理的に 禁止しているわけではないから、脆弱であることには変わりない。 例えばUnixでも、添付されてきた実行可能ファイルをセーブして自分で起動すれば 似たような危険が生じる。普通のユーザにはOS本体の改変権限が 無いため手をつけられないだろうが、アドレス帳を読んでメイルを出しまくる スクリプトを書くのは難しくない。被害が出ていないのは、単に最初の起動ステップに 余分な手間が必要であること (大抵のメイルソフトウェアでは、セーブした後で ユーザーが実行可能フラグを手で立ててやる必要があるんじゃないかな)、で、 それが出来る知識のあるユーザーなら、人から送られてきたバイナリを実行する 危険性について知っているから、であろう。

コンピューターの中身についてユーザーが知らないでも安全に使えるように するには。OSがプログラムを実行するとき、いくつかの権限レベルを設けて、 信用度の低いプログラムに関しては周囲を遮蔽した環境 (sandbox) で実行させたり、 入出力を厳密に監視して実行させるなどの処置を取るしか無いのだろうな。 ただ、それをどのように綺麗に実装するかという点はまだ思い付かない。

5/5 (Fri) Gladiator

Ridley Scottの新作 "Gladiator"。ふんだんに金をかけた、 お約束展開をするハリウッド大作映画は好きなんだけれども、これはちょっと… もっと開きなおって大衆娯楽作品にしちゃえばいいのに、変に気取るからダメになる。

5/4 (Thu) 目前で追突事故

帰りのフリーウェイ。隣車線、斜め前を走っていたピックアップトラックがけたたましいブレーキ音を 響かせたかと思うと、「どん」と重量感のある音が響いた。

ホノルルを東西に走るフリーウェイH1は、最近夜になると工事をしていて、 本来3車線あるところが2車線になっている部分が多い。ハワイの人の運転はメインランドに 比べてたっぷり20mphは遅いのだけれど、ランプから本線への合流が急だったり 起伏やカーブで見通しが悪かったりするから、結構気を使う。 そもそも3車線なんてカリフォルニアのフリーウェイに比べたら狭い。ひやりとすることも多い。 事故は、車の流れが工事箇所でつっかえたところで起きた。 ピックアップの運転手が一瞬気を抜いていて、ブレーキが間に合わなかったのだろう。 それでも多少は減速していたらしく、大事には至らなかったようであった。

車同士の交通事故の瞬間を見たことは何度かあるが、自分も運転している時に見たのは 初めてだ。相当恐い。 米国のドライバーの1/3は一生のうち一回は何らかの車同士の事故に巻き込まれるそうなんで、 いつかは自分も当事者になるかもしれない。 せめて、この肝を冷やした感覚を忘れないで慎重運転するようにしたいものだ。

5/3 (Wed)

生理的なシステムとしての人体が、飯を食って消化して出すことで維持されているように、 情報システムとしての人体は、情報を入力し消化して別の形で出力することで 維持されているような気がする。ろくにインプット無しで出し続けることはできない。 神経細胞は刺激入力が無くなると消滅してしまうというような話を読んだような覚えもある。 一方、情報を消費するばかりで出さないでいると息が詰まる。 消化に時間をかけずに出すことを続けているとたいしたものが出て来ない。 まあ、生理的なシステムでは、人間は大きなサイクルのほんの一部分しか担わないのに 対し、情報は人間から人間へ直接流れるから、あんまり良いアナロジーではないけど。

今まで書いてきたコードのメンテナンスが多くなっているせいもあるが、 最近まとまった量のおもしろいコードというのを書いていない。そこで、スペアタイムに 他人の書いたコードをいろいろ読みはじめた。これが良い刺激になる。

5/1 (Mon) 邦人襲撃事件/武蔵国分寺

グアテマラで、邦人観光客が地元民の群衆とトラブルになって死亡とか。 (http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200005/01/0501m129-400.html) グアテマラと聞いてもコーヒーしか思い浮かばない私には、カメラを向けた観光客の行動の是非とかを 論じることは出来ない。ただ、報道ではじめて、グアテマラという国は最近まで、30年以上にわたる 内戦下にあったことを知った。

30年以上も続く内戦状態、ということは、私の年齢なら生まれてからずっと戦争してたことになる。 平和を当然のように享受して育った私には戦争は異常事態だが、生まれてこのかた平和を知らぬ 人々にとっては平和という状態こそが異常なのかもしれない。もちろん戦争と言っても四六時中 ドンパチやっているわけではなく、時折不条理に現われる「死」と折り合いをつければ、 大部分の日常が平凡な生活の淡々とした繰り返しなのだろうけれど。

悪いやつがいれば警察を呼べるし、被害を受ければ裁判の場に訴えることができる。 そういう社会に私は生きてきた。不祥事が次々と露見したとしても、このような概念は 私の世界観の基本的な知識として根付いている。 しかし、内戦ということは、そういった国家の制度による保障をほとんど当てに出来なくなる ということだ。そんな状況に置かれたら、私なら、自分と家族の身を守れるのは自分だけ、 信用できるのはずっと昔からの近所の知り合い、というふうになるだろう。 本当のところは私には知りようがないけれど。


街マニヤの覚書(5/1) で、武蔵国分寺がとりあげられていた。武蔵国分寺跡や泉 (真姿の池) のある辺り一体は 私が小学校の頃から就職して引っ越すまで住んだ場所なので、懐かしかった。

国分寺跡から真姿の池に至ると、その奥に崖を登る急傾斜の坂道がある。 以前は人がすれ違うのがやっとの泥道で、雨が降ると滑べって大変だったが、 数年前に階段が整備された。ちょっと登って左に折れ、崖の上に出ると、 逓信住宅と呼ばれた郵政省の職員宿舎が広がっていた。昭和30年頃に建築された 3K庭付き一戸建てがずらりと並ぶ宿舎で、ピーク時には200世帯近くが暮らしていた。 小学校3年になる時、その宿舎の一つに引っ越して来たのだった。 道路は舗装されておらず、冬になると霜柱が立って面白かった。 通学路の途中に人の家の庭に生えてる無花果や桑の実をとって食べていた。 真姿の池と現国分寺と逓信住宅で囲まれる崖を含むエリアはちょっとした森になっていて、 秘密基地を作るのに恰好の場所だった。 また、私が越して来た頃は既に空き家が目だっていて、手入れされていない庭はジャングルのように なっていた。当然、そういう庭にも侵入して秘密基地を作った。庭から空き家の床下にまで トンネルを掘って、空き家の床をぶちぬいて秘密基地を作ったこともある。 そうそう、空き家の庭に縦穴式住居を作ろうとしたこともあった。掘る部分はうまく いったのだが、屋根をふくのにうまい材料が見つからず、縦穴式秘密基地の計画は 穴だけ作って挫折した。

縄文時代から人が住んでいた地域なので、掘るといろいろなものが出て来る。 石器とか、土器片とか、瓦とか。小学校の校庭を掘ってて文字瓦の破片を見つけた こともある(何で校庭を掘ってたかは忘れてしまったけど-)。 小学生の頃は時代区分がよくわかってなかったので、 縄文人の石器も旧国分寺に使われた文字瓦もいっしょくたに考えていた。 確か、あのエリアは何かを建築するときは発掘調査が義務づけられていたんじゃ なかったかな。あちこちで発掘している風景を見ていた。

この逓信住宅、今はもう無い。中央線から南側、旧国鉄鉄道学園跡と逓信住宅の エリア一体が再開発され、住宅地と公園になるのだ。駅よりの一部には既に公団住宅なんかが 建設されて、もう入居も始まっているかもしれない。逓信住宅のエリアは今は発掘調査中だと思う。 住宅の廃止が決まったのは私が小学校高学年くらいの時で、以来、逓信住宅は新規入居を 受け付けず、引っ越して行った家を次々と取り壊していた。私の住んでいた家の隣も 早々に取り壊されて、残った土台を見て、意外と狭いなと感じたのを覚えている。 中学校の時、私の一家も2ブロック離れた小さなマンションに引っ越した。 取り壊された家は跡形も無いけれど、玄関の前に生えていた松の木は今もまだあるはずだ。


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Shiro Kawai
shiro@lava.net